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花言葉は復讐+続編-手繰る糸、繋ぐ先

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#6


「驚いたな。お前、ピアノが弾けたのか」
 
 ドア枠に寄り掛かるようにして声を掛けると、坂上は美しい音色を奏でる手を止めて振り返った。
 
「僕も、知りませんでした」
「は?」
「ピアノどころか、楽器なんてリコーダーくらいしか触ったことも無いんですよ。
でも、このピアノを見たら懐かしくて……無性に弾きたくなったんです」
 
 そう言うと坂上は椅子から立ち上がり、カーテンに閉ざされた窓辺に立った。そのカーテンは一部焼け焦げ、所々に煤が付いている。
 かつて、火事でもあったのだろうか──俺は洗面台の棚の中にあった火傷の薬の事を思い出した。
 
 坂上はそっとカーテンを引き開け、雨に濡れた窓を撫でる。外に広がるのは夜の闇。滲んだ景色の中にうっすらとちらつく黄色は、弟切草の群生に違いない。
 
「実は、この館をはじめて見た時から、懐かしさを感じていました。僕は昔、ここにいた事があるんじゃないか……って」 
 
 坂上は話しながら俺を振り返り、微かに笑って、ピアノとは反対側の壁を示した。
 そこには、鮮やかな色彩の大きな油絵が飾られていた。描かれているのは、淡いブルーのサマードレスの胸元に青い薔薇のコサージュを付けた髪の長い女。その背景には、低い樹木に淡い紫の花が咲き乱れている。ムラサキハシドイ── 一般的にはリラ、ライラックと呼ばれる花だ。そして、その花言葉は確か──。
 
「綺麗な女の人ですよね。昔、この人にあった事があるような気がします」
 
 俺の思考を遮るように坂上がぼんやりと呟く。
 確かにその女は美人だった。だが、その美しさはこの世のものならぬ妖しさを内包している。
 絵の中の女は、坂上の賞賛に笑みを深めた──ように見えた。
 
「僕は、七歳までの記憶が無いんです。それまで何処で何をしていたのか……思い出そうとしても、浮かぶのは小学校に上がってからの出来事ばかりで」
 
 向けられた背中が今にも掻き消えてしまいそうなほど儚く見えて、思わず近づく。振り向いた坂上の瞳は、迷子のように不安げに揺れていた。
 
「母に聞いてみたこともあります。でも、言葉を濁すばかりで何も答えてくれなかった」
 
 何故、俺は坂上を疑ったのだろう。次々と起こる不可解な出来事に戸惑っているのは坂上も同じだ。たとえ坂上が言うようにかつてはこの館の住人であったのだとしても、それは今の坂上には関係ない。
 
「僕は、誰なんでしょうか。本当は、この家の子供だったんでしょうか……」
「坂上……」
 
 胸が詰まる。
 辿れ無い記憶、地に足が着かない不安、──それらは俺が実感できない苦悩だ。
 慰める言葉ひとつ思いつかず、ただ肩を引きよせる。何が優等生だ──こんな時にするべき言動も知らないで。ただのごまかしと同義の拙い気休めで、坂上の苦しみが除かれる筈も無い。
 それでも坂上はおとなしく俺の腕の中におさまって、しばらくじっとしていた。
 
 ──空気を読まない俺の腹の虫が鳴くまでは。 
 
「ぷっ」
「……笑うな」
「だって……ふふっ」
 
 坂上はひとしきりプルプル笑いを堪え、衝動が過ぎるとやんわり俺の腕から逃れた。
 
「食べ物、探しに行きましょうか」
 
 
 食べ物がありそうな場所といえば、例の黒電話があったダイニングキッチンだ。冷蔵庫の中には電話以外何も無かったが、はたして何かみつかるだろうか。
 
「あ、日野先輩!缶詰がありますよ!」
 
 早速坂上が食料をみつけ腹ごしらえを済ませると、俺達は再び二階に上がって探索を開始することにした。
 こうなったらとことん調べ尽くして坂上と館の関係を突き止め、ついでに住人達を引きずり出し、どういうつもりか問い質さねば気が済まない。
 
 勇み足で階段に向かう途中、視線を感じてそちらに目を遣ると、そこには壁があるばかりで何もなかった。いや、さっきまでは何かが置いてなかったか──?
 
「あれ?」
 
 首を傾げていると、坂上がその壁に駆け寄った。
 
「どうした」
「先輩……これ」
 
 坂上が見ているのは壁ではなく、その横の柱だった。手招かれて近づいてみると、そこには背くらべの傷と名前が刻まれている。
 
ノゾム
マコト
トモハル
アケミ
ショウジ
レイコ
シュウイチ
エミ
 
 拙いカタカナで刻まれたそれらは、ほぼ変わらぬ間隔で繰り返され、やがて漢字に変わっている。しかしある位置から上には、「シュウイチ」「エミ」の名前がない。
 
「……」
 
 坂上はしばらくそれらを指先で辿っていたが、やがて耐え切れなくなったように俺を避けて駆け出した。
 
「あっ、おい、坂上!?」
 
 すぐに後を追おうとした俺の視界を、銀に光る何かが横切る。
 
「なっ……!?」
 
 それは、さっきまでこの柱を隠すように置かれていた筈の、あの甲冑だった。
 この家の住人が纏っているのか、俺目掛けて剣を振り上げ突進してくる。
 
「くっ!」
 
 第一撃を咄嗟に避け、続く第二撃を食らう前に足払いを掛けた。それは我ながら驚くほど綺麗に決まり、倒れた鎧にこれ幸いと馬乗りになる。
 
「一体何なんだ、お前は……!?」
 
 しかし兜を勢いよく取ったその下にあるべき頭はなく──甲冑の中身も空だった。
 
 驚いて思わず身を引くが、甲冑はぴくりとも動かない。まるで、俺を襲ってきたのが嘘のようだ。
 大方、住人が遠隔操作していたのだろうが……。
 転がっていた剣を鞘におさめて携えると、俺は甲冑をそのままにして今度こそ坂上を追い掛けた。
 
 先程坂上が奏でていたものと同じメロディーが鼓膜に触れる。しかしそれはピアノの音色では無い。
 音を頼りに向かった先では、半開きのドアから明かりが漏れていた。覗いてみると案の定、坂上が可愛いらしいオルゴールを手に立ち尽くしている。
 
「坂上」
 
 呼び掛けると華奢な肩をビクリと震わせて、怯えたような瞳がこちらに向けられた。
 
「!?」
「だれ!?」
 
 それはこちらの科白だ。そいつはよく見ると坂上ではなかった。
 坂上よりももっと小柄な──女。彼女はオルゴールをテーブルの上に置くと、俺を突き飛ばして逃げていった。
 
 はじめて目にした、館の住人。しかし彼女は俺達の存在を認識していなかったらしい。
 それにしても、俺は何故彼女を坂上と見間違えたのか……。
 
「うわぁっ!?」
 
 考える間もなく、彼女が駆け去った方向から坂上の悲鳴が聞こえてきた。