きみはフロイライン
「東から来たの?」
カフェで少しばかり遅い朝食をとっていると、浩輔は不意に話しかけられた。この地に来て、じろじろとものめずらしいものを見る目つきで見られることこそあれ、話しかけられることは全くといっていいほど無かったので、何と返したものか思案する。
ちらりと声の主を確かめると、まだ幼い少女だった。一人で座っている。大人と一緒ではないのだろうか、思っているともう一度問いかけられた。
「東から、来たの?」
ゆっくりと、明瞭な発音で問いかけられたので、聞き取れなかったから黙っていると思われたらしいことに浩輔は気付いた。
「Ja、」
「わたしも、東から来たのよ」
少女はにっこりと笑、東のほうを指差した。東洋人とは違う、透けるような白い肌。大人びた手指をしていた。
少女はそれだけ云うと、立ち上がり別れの挨拶をした。
何故だか名残惜しくなった浩輔は、思わず呼び止める。
「フロイライン!」
少女は振り向いた。その瞳は、少しだけ哀しげな雰囲気を漂わせていた。
「お名前は?」
「マーテルグラード・エカテリーナよ」
「エカテリーナ、」
「そうよ、東の人。覚えておいてね」
エカテリーナはそういうと、すぐに立ち去った。彼女は一度も浩輔のほうを振り向くことはなかった。