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赤い花をもつ人よ

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 私は彼を知らない。絵の中の彼を見ただけだ。彼は赤く可憐なチューリップを手にしていた。おそらく普段の彼は、チューリップが似合う明るい人なのだろう。けれど彼はその絵の中で、静かに目を伏せている。完全に閉じているわけではない。手元を見ているので、静かな目元からわずかにこげ茶色の瞳が覗くばかりだ。
少し大きめの口はゆるく端に向かって曲線を描いており、その微笑みはアルカイック・スマイルを思い起こさせる。賢そうなきれいな額は短い前髪に覆われている。髪のあいだからのぞく薄い耳は、こどものそれのようだ。
きっと素敵な人なのだ。私は思った。きっと彼は、明るく誰にでも愛されるような人物なのだろう。
彼は喪服姿だった。細いタイが、彼がまだ学生であることを示していた。
「気に入りましたか?」
隣に立つ人が尋ねてきた。
私は周囲の人の迷惑にならない程度の声で、はいと答えた。
「彼はね、悲しかったんです。大切な人を亡くして」
「そうですか。彼は素敵な人なんだろうなと思いました」
「それはどうも」
「いいえ。だって、きっと、この絵を見たら誰だってそう思いますよ」
「ふふ、では、あなたにこれを」
差し出されたのは赤いチューリップだった。今私を見据える瞳は、慈愛の色と、生命力に満たされている。
「ありがとうございます」
差し出す彼の手は繊細そうなつくりをしていた。
「良かったら、少し御話しませんか?」
この絵について、私はチューリップを大切に、そっと握り締め、美しい瞳をした青年に提案した。




作品名:赤い花をもつ人よ 作家名:おねずみ