またたれかを愛せるように
昔の英雄の名前を持つ男は、一人泣いていた。
「アレックス、飯だぞ」
部屋は暗い。さすがに膝を抱えてはいないようだが、目元はきっと酷いくらい晴れ上がっているだろう、ユリウスは思った。
「いらない」
「喰えよ。折角作ったのに勿体無いだろう」
「いらない。もういい。俺も死ぬ」
一瞬、かっとなったが、次の瞬間にはただただ憐憫の情が湧いた。ああ、この子供は、大切な人を亡くしたことがまだ無かったのだ。
「おいでアレックス。お前の気持ちは良く分かるさ。けどお前はシシィの分まで生きなきゃいけない。俺だって、こんなだけど大切な人の分までちゃんと生きてるぞ」
「え、あなたも誰か亡くしたの?」
ふっとアレックスが顔を上げた。もうその頚はか弱い子供のものではない。何時の間にやら成長していたのか、ユリウスは感慨深かった。そう、もう良い頃合だ。この子供は、子供じゃない。真実を話しても、きちんと受け止められるはずだ、そう思った。
「ああ、とても大切な人をね、大切な人が殺めたんだ。何というか、もう、誰を恨んで良いか分からなかったよ。絶望したね。お前とおんなじように死んでやろうと思ったさ」
「・・・でも、出来なかった、」
「そう」
ぱちんと音を鳴らし、電気をつける。アレックス、アレキサンダー。何度聞いても良い名前だ。美しく、気高い。ああ、お前は詩をよくしたね。だからこんな耳にも美しい名前がぽんと出てきたのだろう。
愛している。心の底から。今でも。でもお前のために恨むことはしない。
「その大切な人の遺言がね、生きて、だったから」
そっと肩を抱く。二人は今、思いを分かち合っていた。何か、こころにぽっかりと穴が開くような。夢のような、現実のような。一晩立てば今までどおりの日常が訪れるような、そんな錯覚。
「さあ、若人よ。どん底まで悲しめ」
ばしんと背中を一発。不意の痛みに眦に涙を浮かべ、アレックスは恨みがましいまなざしでユリウスをみあげた。
「再び誰かを愛せるように!」
ふっと息を吐いて、アレックスが微笑んだ。
そう、何かを大切に思い、失って、それでも何かを大切だと思う。
生きるという事はその繰り返しなのだ。
作品名:またたれかを愛せるように 作家名:おねずみ