たいやき。
それに全部買われてしまっては、もし今日御老女が店に来たら、御老女に買ってもらえなくなってしまう。我輩が見たいのは、あの御老女のしわいっぱいの笑顔なのだ。
我輩の葛藤など知るはずもなく、店員は我輩を袋にぎゅうぎゅう詰め込んでいく。
しっとり濡れて冷めた沢山の我輩が入った袋を、老紳士は大切そうに抱えた。
優しげな風貌の老紳士は、我輩に御老女をより強く思い出させた。御老女に似ていると思うということは、我輩は老紳士を嫌いではないということに他ならない。
これも運命か。今日もし御老女が店に来て我輩とすれ違ってしまったとしても、この老紳士に食べてもらえるならば、それはそれで我輩の幸せなのだろう。
少しでも中に幸せを詰めよう。御老女ではないが、我輩だけを選んで沢山買ってくれたこの老紳士が、我輩を美味しく食べてくれるように。
どれくらい時間が経ったのか、袋いっぱいの我輩を抱えた老紳士が家についたらしい。
我輩はやっと狭いぎゅうぎゅうの袋から、白い大きな皿に乗せてもらえた。出来るならトースター等でもう一度かりかりにしてもらえれば、焼き立てとはいかなくとも美味しく食べてもらえるのに。
今更のようなの不満はあったが、山盛りの我輩を食べてもらえるならと、その瞬間を楽しみにしていた。
だがテーブルではなく、随分と高いところに置かれた我輩は、いつまでも食べてもらえない。
老紳士は山と積まれた我輩を見て涙を流した。そうして一匹だけ我輩を手に取り、泣きながら我輩を食す。
「……最期に、食べさせてやれんで、すまんなあ」
老紳士が我輩を食しながら、ぽつりと漏らす。
優れた我輩はすべてを瞬時に理解した。
だが我輩の思考はそこで止まってしまった。
もう、あの幸せな時間はかえってこない。御老女がベンチに座って、御老女が美味しく我輩を食べてくれることはないのだ。
それだけ判ればもう、十分だった。
ずっとずっと見たかった、黒ぶちに囲まれた御老女の温かい笑顔の前で、我輩はここで朽ちて逝こうと意識を閉じた。