凶器/狂気/KNIFE
でも。
何故だろう、清々しい感じさえも有る。
憤慨する程の何かが有った訳じゃない。
体中から負の気が流れ出ているよう。今感じるのは意味も無い喪失感。
体の芯が抜けてしまった様な、大切な宝物を無くしてしまった様な感覚。
何故だろう。
その理由は分からないまま、私は目の前の鏡に映った自分を覗く。
思い出すのは狂おしい感情。
心底の苦しさに火をつけられた。
逃れようと足掻けば口から漏れる自らへの嘲笑。
『…逃れたとて、此の身に何が残るといふ』
笑みを顔に浮かばせながら、剥き出しの自分を眺め見る。
おや。どうしたのか。
「呆れた」
服に真っ赤な血が付いてるじゃない。
私から離れてゆく『其れ』に追いつけないとは分かっていた筈。
否、自分の中で納得できていない節が有ったのもまた事実。
だからこの現実も未だ理解不能。
何故だろう。
彼女を狂気へと向かわせた記憶は固く口を閉ざしたまま。
見てしまった。
見たくなかったものを全て目の前で。
だから壊した。
バラバラになってしまえば、私の物になるの。
壊れたの。壊れたもの。
もう、あの場所には戻らないでしょう?
「ねぇ、貴方」
そう言って『其れ』を抱きしめれば、洋服にまた折重なって、深紅の染みが広がった。
彼女の胸に広がるは澄んだ狂気。
彼女の手には、鈍く光る銀色の凶器。
そしてその身の側で横たえる者は——‥
作品名:凶器/狂気/KNIFE 作家名:夜鳥