はじまりのはじまり
「翠太ったら、本当にさあちゃん大好きなんだから」
幼稚園に通っていたあのころ、からかい半分に母さんに言われてから十数年間、僕の世界は佐京さんを中心にまわりつづけている。いや、そんなふうに言われる前から既にそうだったのかもしれない。気づかされたのがあの時だった、というだけで。
さあちゃん、というのは、佐京さんの小さい頃の愛称で、休暇中どちらかの家に集まって食事をする折、母さんが懐かしがって事ある毎に呼んでは彼を困らせている。まいったなあなどと呟きながら、昔から変わらない意思の強そうな黒い眉を下げて笑う彼は好ましい。むしろどんな表情だって好きだ。見ていると、数分毎に泣き叫びたくなる。あるいは、黒い髪の下にある頸動脈をナイフでさくりとやりたい衝動に駆られる。
彼の世界のどこに僕がいるのか、または彼の世界に僕がいるのかどうか、僕には分からない。
佐京さんは6月18日生まれのO型、身長174センチ体重60キロ。僕はというと5月1日生まれのAB型、183センチ、65キロ。パソコンをたたき起して適当に検索をかけたら出現した占いでの僕とあのひととの相性は、なかなかに良好ではなかった。
「佐京さん」
「うん?」
「…明日、休みでしょ。スタバ行ってなんとかかんとか、あの名前長いやつ飲みません」
「いいとも」
「……」
本当は、一緒に大阪湾に飛び込んでって言いたかった、どうしようもない僕と、神様みたいに完璧な佐京さんとの、ろくでもない話、はじまり、はじまり。