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夏川おんじ
夏川おんじ
novelistID. 12391
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星の降る夜に

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「こんばんは、月が綺麗ですね」

 星が降る晩のことだった。

 彼は突然私の目の前に現れて、にっこり笑って言ったのだ。

 急に視界に入ってきた彼を、私は呆然と見返して。

「・・・口説いてるの?」

 そう言った。





 屋根の上に行儀悪く寝転がりながら、目をぱちくりさせてそう言った私に、彼は一瞬きょとんとなってから吹き出した。失礼な、と思いながら私は片手をついて億劫そうに起き上がる。
「何よ」
「い、いえ・・・なんでそうなるのかな、って思いまして」
 手で隠している口元がまだ笑っている。私は唇を尖らせながら、だって、と口を開いた。
「どっかの国の文豪が、どっかの国の“愛してる”って言葉を自分の国の言葉でそう訳したそうよ。本で読んだわ」
 私は本が好きだ。だから、満天の星空でこんなに明るい日なんかは絶好の読書日和なのだけれど。
 たまには外にでも出てみようか、と気紛れを起こしたのは、もしかして彼に会うためだったのだろうか。
 彼はとりあえず笑いを収めて、現れたときのようににっこり笑った。
「そうでしたね」
 どうにもよくわからない返答だった。何が“そうでしたね”なのか。さっきの様子を見るに、私が話して聞かせてみせた逸話は知らないようだったのに。ただの“当たり障りのない相槌”ってやつだろうか。
 私は胡散臭そうに唇を尖らせて目を細めてみせてから、結局屋根に寝転がり直した。
「あなた、なんでこんなところにいるの?“星降り”の日はみんな家で光を溜めてるでしょ」
「あなたはどうしてこんなところにいるんですか?」
 質問を質問で返されて、私は少しむっとなった。けれど肩を竦めるだけで遣り過ごして、親切にも答えてあげることにする。
「私は光なんて溜めなくていいからよ。昼間は寝てるし、本を読むのは月明かりと普段の星だけでも充分だわ」
「本を読むことしかしないんですか?」
 買い物に行ったり、食事をしたりなんかは?彼は立て続けにそう聞いてきた。
 私はため息をついて呆れてみせる。彼は何を聞いているのだろう。
「何言ってるの。食事なんて個人の趣味でしょ?私は趣味じゃないからしないのよ。買い物も必要ないからしない」
 本で読んだところによると、そういうことが絶対必要不可欠な種族というものもいるらしいけれど。私たちは違う。食事もいらない。必要になるものがないから、買い物だってしない。
 唯一、月が廻る30回に一回くらい買い物に行く。大量に本を買いに行くのだ。
 そしてそれを読み終わった頃、月が30回くらい廻ってきた頃にまた本を買いに行く。お金が足りなくなったら、大量にある本を売る。
「お仕事はしないんですか?」
 質問ばっかりだ。初対面の女性に対してちょっと失礼なんじゃないの、と私はまたむっとなったのでそのまま口に出して言ってやる。すると彼ははたと気付いたような顔になってから、肩を竦めて苦笑いを浮かべた。
「ごめんなさい。あなたに興味があるんです」
「私に興味?何それ」
 一昔前の下手なナンパみたいだ。というのは、本から得た知識だけれど。
「だって、やっと会えたじゃないですか」
 私は思いっきり顔を顰めて少し身を引いた。内心はドン引きだ。
 なんだそれ。宗教?ストーカー?どっちにしても何かしらの思想が入ってそうだ。
 そんな私の様子を見て、彼はくすりと笑った。
「大丈夫ですよ、誤解しないで下さいね。ええと、なんて言えばいいのかな・・・」
 思案気に小首を傾げた彼は、ああ、と淡く笑って人差し指を立てた。
「上です」
「上?」
 首を反らして上を見る。上には空しかない。
 真っ黒い蓋みたいな空。今は視界一面、大量にびゅんびゅん光が飛び交っている。本で読んだ“流星群”に似てるけれど、これはここでは“星降り”と呼ぶ。各家庭でこの降ってくる光を溜め、次の星降りまでの生活の助けにするのだ。やっぱり光がないと不便だったりするから。
「あなたは僕らを本を読むのに使ってくれるから。僕らのありのままの姿を使ってくれる人は少ないんです。だから一目会ってみたいなって思っていて」
「・・・は?」
 私はぽかんと口を開いて、目を見開いて彼を見た。彼はにっこり微笑んでいた。
「ああ、もう行かなきゃ」
 空を見上げた彼につられて、私も空を見上げる。光の氾濫のような星降りが、徐々に終わりに向かっていた。
「では、次の星の降る夜にお会いしましょう」
 そんな芝居がかった声が聞こえてきたと思った瞬間、ぱしゅっと音がして目の前が真っ白になった。
 光だった。私は目を見開いてそれを見る。彼の微笑みが見えた気がした。
 それが消えたときには、もう目の前には誰もいなかった。
 私は呆然と空を見上げる。
「・・・降ってきたの?」
 既に落ち着きを取り戻した星々が、そこここで存在を主張するように輝いている。
 その中でも一等光を放っている星があった。
「降ってきて、会いに来たの?」
 星は星だ。頷きも、はい、と言って笑いもしない。
 だけど。
「・・・そっか」
 あれはきっと、彼だ。
 私は彼のようににっこり笑った。
「次の星の降る夜に、また会おうね」
 星が一瞬、輝きを強くした気がした。
 私はその晩、ずっと星の輝く空を見上げていた。
作品名:星の降る夜に 作家名:夏川おんじ