縫い留める紺色
背中を預けた壁からは何の温かみも伝わらず、ただ固く高い物体として立っている。壁は、壁だ。
抱え込んだ膝。布からはみ出たつまさき。シーツの上に出来た皺の涙。動きの名残を持ったスリッパ。視線を転々とさせながら、先の方へ動かす。向こうの壁にたどり着く。そのまま、壁紙の細かい柄を想像しながら沿わせ、上へ。暗い角。そしてまた、何もない天井。なにも、ない。ひとりきり。冷たい部屋で自分の体温を頼りに、息をする。こつり。壁に頭を預ける。物音ひとつしない向こう側。呼吸の音の欠片でも拾えたのならどれだけ救われただろう。
拾えたの、なら。
その存在の影を、温度を、鼓動を、空気を、欠片を、一掬いの気配を。指の間からすり抜けてしまっても、零れ落ちてしまっても、いい。まだ見ぬそちら側に君はいるのか、教えて。
腕を持ち上げる。重力を無駄に受けたように重い。それでも壁伝いに、上へ持ち上げて耳の横まで。手の甲が壁紙の模様を感じ取る。なめらかなざらつき。やはり何の温度もない。死んだ物体。
けれど、その向こう側には。
(いるの、そこに。)
軽く折った指で、ふたつ、鳴らす。放り出された軽い音が宙ぶらりんになって部屋に浮かんだ。これらはこの軽薄なまでに堂々と世界を区切る白い壁を通り抜けることが出来ただろうか。そして、届いただろうか。そちらの世界の空気を震わせて、その鼓膜をも震わせることは出来たのだろうか。
可笑しくなる。
出来たところで、それが何だというのだ。たかだか数個の偶然から何かを起こせるかどうかなんて、
「わからない、のに」
声帯がうまく震えない。ああ、女々しい、弱々しい、馬鹿らしい。呆れる。溜め息すら出ない。
出なかった。
出せなかった。
転がり込んできた音に気をとられて。
空気が、揺れる。壁が見えない震動を起こす。こんこん。ふたつの音が侵入する、こちら側へ。君からの信号、確かな存在感に触れて、解けていく回路。重力に引かれるままベッドに倒れこむ。抗うことの出来ない肉体。網膜になにもない天井。横に息のない白。いつか越えることが、崩せることが、出来るかなんて。微かにも見えない。ずっと遠い話。空っぽの脳。
今夜はもう眠ろう。
未だ耳のなかで転がったままの響きに身勝手な二文字を乗せてみて、ああ、甚だ馬鹿らしいと目を閉じる。
このままゆったりと夜に溶け、消えようと思う。
消えてしまえば、それでいい。