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RUN ~The 1st contact~

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6、遥かなるメモリー



 倉庫街。吹き抜けの二階にあるバスルームからランが出てくると、一階のソファベッドには、圭子の姿があった。ランは苦笑する。
「来ると思ってたよ。仕事は?」
「……うちの課は新設されたばかりで、国際犯罪者関係以外には、臨機応変に動けないの」
「国際犯罪者は、現われてないってわけか」
 ランは一階に下りると、すぐさま煙草に火をつける。圭子はいつもと違い、真剣な瞳でランを見つめることをやめない。そんな圭子に、ランは無言のまま言葉を求めた。
「……私、警察を辞めるわ」
「……ふうん」
 やがて出た圭子の言葉に、ランは興味がなさそうに答えた。負けじと圭子も、言葉を続ける。
「私の仇は、全部あなたが消してくれた。私の目的はもうなくなったわ。警察にいる理由もない。それに、あなたのことが頭から離れないの……殺し屋になったっていい。私を相棒にして!」
 思わぬ圭子の言葉だった。だがランは冷たい瞳のまま、圭子を貫いている。
「……馬鹿げてる」
 そう言ったランに、圭子は必死な顔で首を振る。
「私だって、こんなこと言いたくないわ。こんな自分どうかしてるって、今までならそう思ってる……でも、あなたのことが気になって仕方ないのよ!」
 ランはコンクリートの床に煙草の吸殻を落とすと、足で揉み消した。そして圭子に近付き、その顎を持ち上げる。圭子は緊張しながらも、その身をランに任せた。
 だがランはそれ以上何もせず、静かに笑う。
「俺が普通に恋愛でも出来るとでも思ってるのか?」
「……」
 押し黙ったままの圭子に、ランは言葉を続ける。
「俺がこんな商売をしてるからってだけじゃない。俺に真剣な恋愛は出来ない」
「……どうして?」
「真剣な話をしてやろうか? 俺はおまえが嫌いだ」
 圭子の目が大きく見開いた。しかし、圭子はその場から動こうとしない。
「あなたが嫌いでも……私は好きよ、ラン」
 機械のように、圭子はそう言った。その言葉に、ランの目が一瞬揺れる。
 ランは顔を逸らすと、二階への階段を上っていく。そして一言、言い放った。
「無理だ、忘れろ」
 その言葉に、圭子はとっさにランの後を追いかける。
「私にだってわからないわ! どうしてあなたみたいな男に惹かれるのか。でも、あなたは私の前では、少なくとも紳士だった。依頼とはいえ私を守ってくれた。兄のように思ってる……結婚してなんて言ってないわ。あなたのことが知りたいの!」
 ランは足を止めると、銃を構えて振り向いた。ランの愛銃の一つである“キングコブラ”は、その名の通り蛇のように圭子の顔に焦点を合わせ、微動だにせず睨みつけている。
 圭子は自らの体を硬直させながらも、静かに口を開く。
「……殺したいなら殺せばいい。あなたは私の仇を討ってくれた……あなたに殺されるなら本望だわ」
「出来ないとでも思ってるのか?」
「いいえ。でも私には、あなたが冷徹な男には見えない」
 圭子の言葉に、ランは静かに笑って呟く。
「……似てる、か」
「え?」
 突然のランの言葉に、圭子は怪訝な顔をする。しかしランは、圭子に構わず銃をしまった。銃とそれを収めるホルダーの金属部分とが一瞬、重たく擦れる音がする。それは身を凍らせるように、冷たい音に聞こえた。
「俺と生きていく覚悟があるなら、明日出直して来い。ただし、警察は辞めるな。いい情報源だからな」
 ランは不敵に微笑むと、そのまま壁沿いに作られた吹き抜けの廊下を進み、階段と反対側にあるベッドへと向かっていく。
「……わかった。明日、もう一度来るわ」
 圭子はそう言うと、倉庫街から出ていった。
 ベッドに寝そべったランは、天井を見つめながら小さく息を吐く。やがて脳裏に浮かんだ人物に、よく似た圭子の面影を重ねていた。

 家に戻った圭子は、眠れぬ夜を過ごしていた。
 まだ心臓が異常な高鳴りをしている感覚を覚える。思い返せば、殺し屋に愛の告白など、狂気の沙汰としか思えない。しかし、言わずにはいられなかった。苦しいまでの恋愛感情が、圭子を襲っている。そんな感覚は初めてで、戸惑わずにはいられない。なにより、何もかもを捨ててでも、ランについていきたいと本気で考える。
 何が理由かはわからないが、もう自分では止められない想いを抱き、ランになら殺されてもいいとまで思っていた。

 次の日の早朝。いつの間に眠っていた圭子は、足早に家を出ていった。今日は仕事もあるので、その前にランに会いに行こうと思う。どんな答えが待っているのか、恐ろしいが知りたいと思う気持ちを止められずにいる。
 圭子は、ランの倉庫街へと向かっていった。

 海のそばに佇む倉庫街は、不気味な静けさを見せている。並んでいる倉庫は、どれもシャッターで閉ざされていた。ランの居住用の倉庫は、ランが居ればいつも開いているはずだが、どこから見ても閉まっている。
 圭子は不安を顔に出すと、慌てて表通りのスナックへと走っていった。
 倉庫街のすぐ近くにあるスナック・メッセンジャーは、以前ランに連れられてきたことがある。オーナーであるママとの様子で、ランとは親しげに思えた。ここへ来ればランのことがわかると、圭子は考えたのだ。
「あら、圭子ちゃん」
 店に入るなり、閉店して誰もいなくなったカウンターに、ママと呼ばれるニューハーフのオーナーが、座って煙草を吸っている。
「いらっしゃい。預かり物があるのよ」
「え?」
「はい、ランから」
 状況が掴めない圭子に、ママは茶封筒を差し出す。圭子は差し出されるがまま受け取った。
「これは?」
「ランがあなたに渡してくれって、さっき置いていったのよ。一人の時に見ろって言ってたわ」
「……ランは?」
 その質問に、ママは静かに微笑む。
「今回は短かったわね……いつもフラフラと、世界中を飛び回っている人だけど」
「どこへ……行ったんですか?」
 圭子は目を丸くさせ、ママへと詰め寄る。
「さあ。さっきふらっと来て、しばらく日本を離れるからって……」
「嘘!」
 圭子は顔面蒼白だった。自分があんなことを言ったから、ランは何も言わずにここを去ったというのか。思いがけない素早さに、信じられずにいる。
「……彼が好きなのね。別に驚かないわ。あんなに綺麗で強い男、惹かれないほうがおかしいもの」
「……でも、どうしてそんなに急に……」
「彼は意味のないことなんかしないわ。彼があなたに何かを言い残したなら、それをまっとうしていればいつか会えるわよ。私も彼を待ち続けて、結構経つけどね……」
 圭子はママを見つめた。
「……詳しいんですね。ランのこと」
「そんなことないわよ。彼は謎多き男……そのすべてを知ろうとなんて、私には勇気がなくて出来ないわ」
 圭子は押し黙って、目を伏せる。そして静かに口を開いた。
「私は知りたいんです。たとえ殺されても……」
「……いつだったか、あなたのお兄さんも、そんな真っ直ぐな目をして現れたっけ」
 煙草の煙を吐きながら、懐かしそうな目をしてママが言う。圭子もママを見つめた。
「……兄はどうしてここに?」
「きっかけは、ランよ」
「え?」
 圭子は逸る気持ちで、ママの言葉を待つ。