色彩りキャンバス
08.シルヴィアの落日
たったひとりの人のための葬列ができた。その人の声や仕草を、ナタリアは知らない。
だけどたったひとりの人のための葬列を、眺めた。
何を今更、と彼なら言うだろう、とナタリアは日暮れを映した窓の向こうへと視線を投げる。
大きなバチカルの海が見えた。海鳥が空を飛んで、陽が沈もうとしているのをただ眺めた。
葬列は厳かで、静寂だった。
乳母はありがとうございます、とナタリアと国王に告げた。
頭を深く下げて、ありがとうございます、と涙声で言う。ナタリアは何も答えなかった。
悲しいのだろうか、泣きたいのだろうか。
感情の判断がつかなかった。
泣いてもいいのだろうか、悲しんでいいのだろうか。
やっぱり分からなかった。
もう一度、乳母が言った。
ありがとうございます、ナタリア様。
ナタリアは、ただ瞼を伏せた。
何を今更、彼ならそう言うだろう。
「何を、いまさら」
ナタリアは呟いた。どこか空虚で、なにもかもが虚しく思える。
遺体はもうどこにもない。(あの人も、死んでしまった)だけど葬列はできた。(あの人を、殺してしまった)
長い長い葬列は、キムラスカの民たちがつくり、やがてそれは途切れた。(それは二度目の葬列)
ただひとりの人が身投げをしたという海は凪いでいる。
海鳥の声が聞こえて、ナタリアは座っていた椅子から立ち上がった。水平線の向こう、陽は沈みかけている。星を連れてくる夜が反対側の空を染める。
美しい、とナタリアは感じた。それだけで涙があふれた。
何を今更、と彼は言うだろう。(それでも最期に名前を呼んでくれた)
だけどあの列は、たったひとりの人のための(違う、私のもうひとつの家族のための、)厳かな葬列だ。
そしてやっと、ありがとうございます、と言った乳母の声が色を帯び、それは音となってメリルに響いた。
「ありがとう、ございます」
此処にいることがなんて素晴らしいことなのか、メリルは涙した。
何を今更、と居ないはずの人の声が聞こえた気がした。
「生んでくれて、ありがとうございました」
バチカルの海は凪いでいた。
穏やかに揺れて、水平線の向こうで今日という日の陽が、沈んだ。