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色彩りキャンバス

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05.さみしいと云って震えてそれきり




空を映した水たまりをのぞいた。

「ボクがいるですの!」と、チーグルの仔が騒いだ。
同じように水たまりに映った自分を見たアニスは、そうだね、と小さく返す。鏡でもないのに自分の顔が見えて、おかしな気分だった。
アニスはその場所から立ち上がった。それをチーグルの仔は見上げて、歩き出すアニスを少し見送ってから、後に付いていくように歩幅の狭い足で歩き出した。
一人と一匹の距離は少し遠い。だけど一人と一匹は、けして孤独ではなかった。
ゆっくりと歩くアニスとは正反対にチーグルの仔の歩く早さは急ぎ足だった。
時々、アニスは後ろを振り向く。一生懸命歩いているチーグルの仔がちゃんと付いてきているのか、不安だった。チーグルの仔は、目から何十センチしかない地面を一生懸命に見て、小石を小さく飛んだ。
みゅ、といちいち鳴く姿にアニスは苦く笑う。

「ね、テオルの森ってミュウ的にはどうなの?」
「どうなの、ってどういうことですの?」
「んとね、つまり、チーグルは棲める?」

アニスは歩くのやめて、ちょこちょこ歩いてくるチーグルの仔を待った。そこで、また水たまりを見つけたのでのぞいたけれど、次の水たまりには空も自分の顔も映さなかった。

「チーグルはおっきな木の幹に棲むですの。出来るだけ人がいないところを選んで、いるですの」
「じゃあ、ちょっと不向きだね。ここは」

みゅ、とまたチーグルの仔が小石を飛んだ。それを見守ってから、アニスは空へと顔を向ける。
さっき見えたはずの青空はどこにもない。
この森は元々少し暗く、光を受け入れにくい。灰色の雲が覆いはじめていて、空気も湿ってきたように思えた。肌を滑る風が、少し冷たかった。

「アニスさん、どうしたですの。どこか痛いですの?」

途方もなく立ち止まっていた所為か、チーグルの仔が心配して急いでアニスの足許まで駆けてきた。小さな歩幅で一生懸命に。
アニスは泣きそうに笑った。
大丈夫だよ、ありがとう。
膝を折って、チーグルの仔の頭を撫でた。ふさふさして、心地がいい。
でもどうしてあたしたちこんなところにいるんだろうねぇ。アニスは、口には出さずに撫で続けて、そうしてから抱き上げた。

「雨降るかもね。ちょっと休憩しよっか」

みゅ、とチーグルの仔が頷いた。





本格的に降り出した雨に、アニスは「あーあ」と声にしただけだった。
天候の預言を聞かなくなって、随分経つ。でも天候の預言は必要かもしれない、とアニスは木の葉っぱの影に身を潜めながら考えた。

「ミュウ、ちょっと濡れちゃったねー。大丈夫?」
「大丈夫ですの! ボクは雨が降ろうが、キノコが降ろうが平気ですの!」
「へぇ。キノコって降るの?」
「降るですの。キノコロードでは降るように生えるですの」

アニスは笑った。おかしいよそれ、と言いながら、背中のトクナガを引っ張って来て大きくした。
チーグルの仔は突然のそれに驚いたように身を固まらせて、止まった。アニスは思った。あれだ、自分より大きな敵が来た時に死んだ振りをする生き物そっくりだ、と楽しくて笑った。
大丈夫だよー、と言いながらトクナガを自分とチーグルの仔の前に来させた。吹き込んでくる雨をトクナガに少しの間だけ遮ってもらおうとしただけだった。トクナガ、ごめんね。
それから、チーグルの仔と話しをした。雨の音がうるさくてどうしようもなかったけれど、たくさん話しをした。
故郷のこと、パパとママのこと、降るように生えるキノコのこと、今度キノコロードにアッシュがいたらキノコを降らしてやろう、と企画したり。
そのうち、チーグルの仔が言った。

「ご主人様も、みなさんも、心配してるですの」

アニスは、そだね、とだけ答えた。それしか言えなかった。
くだらないことでルークと喧嘩をした。もちろん口喧嘩。
殴り合いに発展しそうになって、ガイに止められて(もちろんルークの方をガイは止めた)、ティアとナタリアにたしなめられて、ジェイドにどちらも悪いと言われた。
初めてした喧嘩だった。
くだらない、兄弟がするような喧嘩。でも結構、深刻でもあった。それでもくだらなすぎた。お互いに。
居た堪れなくなったのは初めてだった。どうしようもなくてその場所を飛び出して、テオルの森に来た。ずいぶん歩いた気がした。帰れない、そう思っていたらチーグルの仔が後を一生懸命付いてきていた。
ルークは、アニスとの喧嘩の熱が冷めてなかったらしく、八つ当たりしたらしかった。
アニスは、苦笑した。

(ばかだね、あたしたち)

雨の勢いが、少し増した。髪がだんだん湿ってきて、アニスは立てた膝の間に顔を埋める。
うー、と唸るとチーグルの仔がとても心配してきて、アニスは「違う」と否定した。(いったい何に?)

「アニスさん、アニスさん。泣かないでくださいですの」
「違う。泣いてなんかない」
「アニスさんがかなしいと、ボクもかなしいですの」
「違う。なんにもかなしくなんかない」

震える声で、なんの説得力も無かった。アニスにはそれがじゅうぶん分かっていながらも、顔を上げられなかった。
きっとトクナガはもうすごく濡れてる。雨、やまないな。誰もかなしくない、泣いてない。
そんなことが一度に頭に浮かんで、アニスは深呼吸をした。吸い込む空気は、雨の匂いがした。
少し寒い、とも思った。すると、チーグルの仔が小さく震えているのにアニスは気がついた。

「ミュウ? ごめん、寒いよね。気づかなくてごめん」

謝るための言葉は自然と出てくる。だけど、ルークの前で言えるかどうかは別だった。
初めての、兄弟みたいな喧嘩だった。喧嘩自体、初めてかもしれなかった。
あんなお人好しで毎回騙される両親は呆れて、本気で怒ったことがない。アリエッタに関しては、あれは喧嘩、というより一方的な攻防戦だ。だからあんなに、自然に喧嘩したのは、きっと。

(お兄ちゃんがいたらあんな感じなのかな、あ、でもルークの場合は弟?)

そこまで考えて、アニスは苦笑した。
チーグルの仔を強く抱きしめて、ちいさく笑った。笑っているはずだった。

「アニスさん、大丈夫ですの?」

とんとん、と触れてくる小さな温度にアニスは顔を見られないように、抱きしめながら顔を伏せた。
大丈夫だよ、すこし、さみしいだけかもね。
アニスはそう言ったまま、チーグルの仔の温度に縋るように瞼を閉じた。


(雨がやんだら、帰ろう。大丈夫、ちゃんとごめんって、言える)


作品名:色彩りキャンバス 作家名:水乃