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色彩りキャンバス

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02.スターダスト メロウ




あれがほしい。
ルークが指を差して言った。
それは木の枝に止まっていた鳥であったり、庭に飛んでいた蝶であったり、花であったり、城のてっぺんに揺れているキムラスカ王国の旗であったりした。
なるほど次はそうくるか。
ルークの使用人兼親代わりでもあるガイは、慣れてしまったそれにさほど違和感をもたない。なにを指差されても、もう動揺さえしない。ただ、ふむ、と考え込む。そして手に入れられるものなら、なんとかして手に入れてみせる。
満足して飽きてしまえば、ルークはまた違うものを欲しがる。どうしても手に入らない時は、言い聞かせた。駄々をこねても、地団太を踏んでも、あげくの果てに泣いてしまっても、たしなめて頭を撫でて。
だからか最近、ルークは諦めるというのを覚えてしまったようだった。これはいいのか悪いのか、ガイには判りかねた。でも自分だってたくさんの物を諦めてここまで来たんだお前だけそれがないなんて、と、そこまできてガイは我に返る。


がぁいー、あれがほしい! なん、だっけ。つき・・・つき? ちがう、あれはまるくて、きいろいんだ。でも、きのうもおとといもみてないぞ。なぁーがい、あれはまいにちよるにでるんだよな! でもおれみてないぞ、なんで、だ? あ、もしかしてだれかがとったんだろ。ぜぇったいそうだ。そうにきまってる! はんにんつかまえなきゃな!

ルークお前いつ犯人なんて言葉を覚えたんだ。
そんなことを思いながらガイは、ルークの口元にべったりと付いたクリィムサンドのクリームを甲斐甲斐しくナフキンで拭き取った。むぅ、と鬱陶しそうに顔を歪めるルークに、ガイは小さく苦笑する。

もうちょっと落ち着いて食べてくださいね、ルーク様。

ナフキンが口元から離れるとルークは勢いよく、また左手に持っていたクリィムサンドに齧り付いた。お世辞でも気品とか、上品なんて言葉は存在しない。ガイは、明日はテーブルマナーかな、と考えながら、既に使い物にならなくなっているクリーム塗れのルークの右手を新しいナプキンで綺麗に拭き取った。でもルークは見事にまた右手をクリーム塗れにしてくれる。ガイは呆れて溜息をついた。使用人のしがいがある、受けてたとうではないかと要らない気合が入る。そんな自分にガイはまた小さな溜息を吐いた。

それで、なんのはなししてたっけおれ
犯人を捕まえるとか、どうとか
そうそれだ。がい、すごいな。おれのはなしちゃんときいてる
聞いてるぞ? ルークの話だからな
…。でも、ちちうえはきいてくれない

ガイは、また拭い取ろうとしていたナプキンを手に、一瞬だけ時間が止まったかのような沈黙をつくり、そして、考えてから言葉にした。

俺が聞いてるから、大丈夫だ
いい、のか?
ああ、いいんだよ
そっか
そうだよ

再開されたクリィムサンドを食べる作業に、ガイはなんでこんなこと言ったんだろうかと首を傾げた。
ルークのつくりだす言動で振り回されることに慣れてきたとはいえ、どうも自分の言葉に動揺を隠せない。思考が少しばかりおかしい。ルークに感化されたのだろうか嫌だなそれは俺にはやるべきことがあるんだ、と誰に聞かすわけでもなく何度も自分に繰り返す。
そうして手を止めている間にルークのクリームによる侵攻は酷いものになる。気づけばガイの服を手にとって、にんまりと笑っている。そこらじゅうにクリームをつけるのが最近はとても楽しいらしい。なら、いっそのことクリーム王国を作ればいいと、ガイは常々考えている。
ルーク。ガイはルークを呼ぶ。呆れたように、すこし怒ったように。
ルークは手を止めずに、壁にクリームによる手形を押した。それに表情が輝いて、誇らしそうにガイを振り返る。

がい、みろ! おれのてだ!
はいはいそうですね。誰が掃除すると思ってるんですか
…がい、とめいど

少しだけ間が空いた後のルークが紡ぎだした言葉に、ガイは疲れた。分かっていてやっているんだったら性質が悪すぎる。しかし悪いことをした自覚はあるようで少し泣き出しそうに口を尖らせていた。
なるほど子どもは残酷だな。
ガイはすべてを忘れ、覚えていくルークと同じように、日々知っていくことも多い。
ルーク。
もう一度名前を呼んで、椅子に座らせて、クリーム塗れの手を何枚目かも忘れたナプキンで拭き取った。ルークは嫌そうに座りながらも大人しく、べたべたの口元を拭き取られてから、恐る恐る口を開いた。

がい、あのな
はい、なんでしょう
おれのはなし、なんだっけ
は?

手を止めて、ルークを凝視する。ルークは真っ直ぐガイを見て、逸らさない。
試されている、ガイはふいにそう思った。言葉も通じて意思疎通できるようになってきたのだけど、だいたい分かりにくいことを言いだした時は、試されているのだ、とガイは思うようになった。
さて、と粗方拭き終わってベタベタなナプキンをバスケットに入れ、次は壁か、と視線をあげた。
ルークはガイの眼を追いかけた。

月が盗られた、で話は終ったんだと思ったけど
やっぱりすごいな、がい。おれのはなしおぼえてる
ああ。で、何か欲しいって
そう。あのな、いっぱいひかってる、よるに
夜に光る? 音素灯、か?
ちがう! えっと、よる、そらにぽつぽつひかってる、あれだ

星か、とガイが呟くように言うと、ルークの表情が見事に明るくなって、何度も頷いて、最後にそれだとはしゃいだ。
ほし、ほし、ほし。ルークは繰り返す。指折り数えながら、何度も繰り返して覚えると、ガイの胴辺りに腕を巻きつけて、それほしい、と騒いだ。
なるほどそうきたか。ガイは真白い天井を仰いだ。
どう考えても無理だった。今回は言い聞かすケースか、と重いため息が出そうなほどの深呼吸のあと、ガイは膝を折ってルークを見上げるように視線を上げた。ルークの身長が少しずつ伸びているのが分かる。

ルーク、星は時々降ってくるんだ
ふる? ほんとうか?
それは、流れ星っていうんだけどな。願いを叶えてくれるらしい
うお、すげぇ! じゃああれだな、みつけたらおねがいするんだな!
あ、まあ、うん。
でもとってきたほうがはやくねぇ?
ルーク、空は遠いだろ?
うん。すぐそこにあるのにな
…でも、星はその場所の向こうにある。俺では取ってこれない

ガイの言葉に、ルークはただ、そっか、と言っただけだった。諦めが早いのは助かるのだけど、これで本当にいいのかガイには判りかねた。
それでもルークは言った。
なら、流れ星に願えばいいと。ガイの分も一緒に、と笑ったルークにガイの何かが小さく揺れた。
動揺は、しない。何を指差されても、もう振り回されない。
それでも、自分の言った言葉にどうして動揺するのだろう。間違ったことは言ってないのに、どうしてこんなに傷ついてるみたいに気持ちが揺れるのかわからない。
わからないまま、ルークの頭を撫でる。慣れた髪の感触、笑った顔。
そして、壁に誇らしげに押されたクリームの手形が視界に入って、ガイは苦笑した。


(さあ、諦めたのはどっちだった?)



作品名:色彩りキャンバス 作家名:水乃