色彩りキャンバス
10.ありがとう、そう笑った君は
たくさんのものが零れ落ちている気がした。
ルークの声でつむぎだされるありがとうは、ここ最近簡単に音になるように紡がれる。
アニスは、それを見てぽつりと呟いた。
「ありがとうなのに、少し悲しく聞こえる」
それにガイは相槌を打てずに、遠くで笑うルークをただ眺めた。
答えを出すには未だ早すぎる気がしたけれど、それでも時間はないように思う。
肌で感じる季節の流れに、いつの間にか置き去りになっているようで恐ろしくて。だけど、きっともう引き止める時間も、気持ちも届かないのだろうと漠然と分かっていた。
また何かを失くす勇気は、もう、ない。
すべてを失ったあの頃の空虚など思い出せない。それくらいルークが此処に在ることを、側に居ることを皆が必要としているのに。
アニスが僅かに揺れた。背中のトクナガを右手に持って、「ちゃんと、伝えなきゃ」と振り回しながら答えた。
ガイは無言でアニスを見る。アニスはにこりと笑みをつくった。
「あたし後悔してるんだ、いろんなこと。好きな人たちに好きだって伝えられなかったこととか、ありがとうとかごめんなさいとか、たくさん」
だからね、とトクナガをルークの方向に飛ばした。
トクナガが着地する前に大きくして、それに逃げるように散らばるルークや子どもたちを笑い、ルークの罵声が飛んでくるのを聞きながら、アニスは楽しそうにガイを振り返った。
だから、
「いるうちにちゃんと伝えないと」
そう言ってから、アニスは走り出した。ガイはそれを見送りながら、アニスに怒るルークの姿を捉える。
怒って呆れて、笑って。
ガイは誰にも気づかれないように深い息をついた。
どうも、手の中にある何かを零すのを怖がっているのは誰よりも、自分のようだった。
言葉にするのが恐ろしいのか。自答したが、何も返ってこない。当たり前か、と苦笑。
ルークの”ありがとう”を恐れているのだ。そんなこと言わなくたっていい、側にいてくれればそれでいい。それで、いい。
答えを出すには未だ早すぎる気がしたけれど、本当は出ていた。だけど、もう時間はない。
それでもそれをルークに告げると、ルークは自分の持てるすべてを余すことなく与えて、きっと何も残さないのだろう、と思った。
ルークの零す希望や想いが自分に拾い集められるのか。ガイは両手を眺めて、ぐっと握り締めた。
戯れる子どもたちを一瞥してから、背中を向ける。
その背中越しに聞こえたルークの笑い声は、なぜか自分を責めているように、聞こえた。
もう、時間はない。