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色彩りキャンバス

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09.君の残した色と世界




殺風景にも近い教団の中でのフローリアンの楽しみといえば、孤児の子どもたちと遊ぶこと、アニスが帰ってきてあったかくて美味しいご飯を作ってくれて、食べて、旅の話しを聞くことの他に、ルークの話す御伽噺が楽しみだった。
アニスは何でも知っていた。フローリアンの分からないことをちゃんと優しく教えてくれる。
だけど、御伽噺を聴くならルークが一番だった。彼はたくさんの物語を知っていたのだ。

今日はアニスたちが帰ってくる、とパメラから聞き、フローリアンは今日もきっと楽しいことがたくさんあるに違いない、と顔を輝かせた。
それにパメラはいつもするように穏やかに笑っただけだったが、フローリアンにはそれさえも輝かしく見えた。
そして健やかな朝を過ごし、子どもたちと遊んで昼が過ぎたころに、フローリアンは突然座っていた椅子を飛ぶように蹴り、一昨日見つけたたからものを腕の中に抱え込んで、私室を出た。
一緒に居たパメラが、驚いて名前を呼んで止めたけれど、元気な背中は止まることなく迷うことなく通路の向こうへと消える。
その瞬間に見えた、大事に抱え込まれたものをパメラは知っていた。

あれは、たしか、




+++




はぅあ、と言う声と、どぅわ、という妙な奇声は同時に教団内に響いた。
身長差のある二人を抱え込むようなタックルはどうやら予想以上に効いたらしく、二人は一緒になって蹲った。
痛そうだ、とガイが思っていると、ジェイドは、元気ですねぇとにこやかに言う。
それに、二人に突進した少年は楽しそうに笑った。無邪気に笑ってから、痛さに蹲っているアニスとルークと同じように膝を折って顔を覗きこむように傾げた。

「おかえりなさい、アニスとルーク」

まったく邪気のない笑顔。
アニスとルークは痛さに耐えながら、その笑顔を横目にこくこくと頷いた。
同じタイミングで頷くものだから、ナタリアが、以心伝心ですわね羨ましいですわ、と余計なことを呟いて考え込む仕草をした。ジェイドは笑う。もちろん乾いた笑みに近かった。

「ということはルークとアッシュの便利連絡網も言い方を変えれば以心伝心ですね」
「まぁ、ずるいですわ。私もそのようなものがあれば…。」
「おや。あなたはいつでもアッシュのことを考えてるではありませんか。それでじゅうぶんでは?」
「そ、そうですわね、想いの丈が肝心なのですわ。私は負けません!」

何に、とティアとガイは同じように溜息をついた。何故かとても疲れる。
そんなティアとガイを他所に、突然明るい笑い声が響いた。
鮮やかな緑を揺らして、フローリアンは楽しそうに笑う。だけどフローリアンへ視線を移した彼らの中で、ガイの表情だけが少しだけ強張ったのに誰も気づかなかった。
気づかない振りをした、赤眼は除いて。

「ほんとうに楽しいなぁ。ねえ、アニス。また美味しいご飯作ってね」

フローリアンはやっと立ち上がったアニスに笑いかけた。突進の際に当たった部分が少し痛むのを感じながら、うん、と答える。それにつられて背中で揺れるトクナガがアニスを励ますようにぶらぶらと揺れた。そのまま痛む場所を擦りながら、アニスははじめてフローリアンを見た。
かの人を思い出させる、緑の髪。それを揺らし、その腕の中に大切に抱えられた絵本へと視線を落とした。
淡いそれを見たのは初めてだったけれど、アニスの記憶に過ぎったのは柔らかく微笑んだあの人の笑顔だった。

「フロー、リアン。それ、」
「あ、これ? 部屋で見つけたんだ!」

にっこりと笑うフローリアンにアニスの表情は泣きそうに歪んだ。
半歩、よろけるように後ろへ下がったのを見て、ティアとナタリアが心配をして声をかけた。それにやっとルークが顔を上げた。痛む場所を涙目になりながら擦り、アニスの怯えたような泣きそうな表情に目を丸くする。
そしてアニスの視線を辿り、行き着いたものに、ルークは瞬きを繰り返した。
嗚呼、あれは。

「アニス。まずはご両親に会ってきてはいかかです。顔を見せてきたほうが、きっと安心するでしょう」

ジェイドはティアとナタリアに目配せをして言う。
それにティアはすぐに頷き、アニスの肩に手を置いてアニスを促がす。ナタリアはフローリアンにパメラとオリバーの居場所を聞き、此処に居てください、と言い聞かせてからアニスの手を引いた。
遠ざかってゆく三人に、フローリアンは、またあとでねと笑い、手を振った。
ジェイドは薄く笑い、下がってもいない眼鏡を僅かに押し上げる。元気ですねえ、という声にガイは苦笑した。
ルークはアニス達が入っていった扉を蹲ったときのままの姿勢でしばらく眺めてから、フローリアンへと視線を移した。彼と目が合う。

「ねえルーク。これ、なんていう本?」
「人魚姫。そういえば、まだその話はしてなかったっけか」
「うん。これ、部屋の机の引き出しの中に置かれてたんだ」
「そっか」

ルークは笑った。うまく笑えているか心配だったけれど、笑った。
立ち上がるとフローリアンが腕の中の本をルークに差し出した。にこにこと笑いながら、お話し聞かせて、と言う。
うん、と笑みを浮かべて、ちらりとガイの方を見た。ガイも柔らかな笑みを浮かべながら(それでも少し悲しそうに見えた)、微かに頷いた。
淡い色の絵本を受け取る。いつかの、彼を思い出した。
まだそんなに日は経ってないはずなのに、ひどく懐かしく感じた。泣きそうだ。アニスが戸惑うのも、よく分かる。
ざらり、と表紙を確かめるように指を滑らした。古い古い絵本。とても昔に聞いた気がするその物語は、ここにいるガイが教え聞かせてくれたものだった。
それも、ひどく、懐かしい。
泣きそうになるのを堪えながら、じゃあ他の子どもたちにも聞かせてやろっか、とフローリアンを見ると、彼は満面の笑みをして勢いよく頷いた。そのままルークに抱きついて、ぐるぐるとその場所で回ってから、腕を掴んで引っ張り出し、ルークはひっきなしに、痛ぇ、と喚いた。

「ちょっフローリアン! さっきの痛みが戻ってきた!」
「だいじょうぶだよ! ほらほら、こっち!」
「分かった分かったから! ちょ、マジ痛ぇ!」

無邪気な笑い声の上に、悲鳴が響く。
二人を見守るように苦笑したガイを一瞥してから、ジェイドは二人を見て複雑な表情を浮かべた。
だけどそれは一瞬だけで、苦笑するガイに、子守は大変ですねえ、と薄っぺらい笑みを向けた。
ガイはただ苦く笑う。

「あんただってなにも感じてないわけじゃないんだろ?」
「おや、なんのことです?」
「…まあ、いいけどな」

礼拝堂に入っていくルークとフローリアンの姿を眩しそうに目を細めて見てから、ガイは瞼を閉じた。
自分が聞かせてやった本を、ルークは他の子どもたちに聞かせてやることができるのだ。
ああ、こうして御伽噺は伝わっていくのか。
ガイは、フローリアンの腕の中に抱えられていた本の色を思い出してた。
きっと誰も忘れやしない、「彼」の笑顔も存在も。

あの、やさしい色さえも。


作品名:色彩りキャンバス 作家名:水乃