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フェイクラヴァーズ

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 事の真相を究明すべく新聞部に乗り込むと、五人の語り部と渦中の二人の視線が一斉に斉藤達に向けられた。部活が無いため、作戦を立て直そうと集まっていたのだ。なお、岩下は演劇部の練習の為欠席している。
 
「どうしたんだい綾小路。また大川から逃げてきたとか?」
「あれ、斉藤?」
 それぞれのクラスメートから当然の疑問の声が上がる。
 
「坂上……」
 
 斉藤は悲痛な面持ちで坂上を見つめるが、言葉が続かない。一方の綾小路は風間を無視して、日野に詰め寄り写真を突き付けた。
 
「単刀直入に聞く。これは一体どういうことだ」
 写真が目に入った坂上は、顔を赤くして小さく喘いだ。
「ど、どどど、どうして」
 しかし日野はちらりと写真を一瞥したものの、まったく動揺を見せずに聞き返した。
 
「どう、とは?」
「何故坂上君にこんな恰好をさせている」
「おいおい、随分な言い方だな。それじゃあ俺が嫌がる坂上に無理矢理女装させている変態みたいじゃないか」
「違うのか」
「……坂上が好きで着ているとは思わないのか?」
「まさか」
 
 風間が髪を弄りながら薄ら笑いを浮かべて「人徳ってやつだね」と呟く。
「黙れ風間」
「ひっ!?」
 日野は余裕の笑みを口元に浮かべていたが、その周囲には怒りのオーラが滲み出ていた。
 
「あの、綾小路さん、誤解です。これには深い事情があって……」
 
 坂上が慌ててこれまでの経緯を説明すると、綾小路の態度は一変し、日野を見る目が親近感を帯びる。
 
「そういうことだったのか。だったらこれ以上坂上君の時間を拘束しない為にも、一気に勝負に出た方がいい」
「え?」
「今日は一緒に帰って、直接本人に見せつけるべきだと思う」
 
 むしろ今までが遠回り過ぎるのだと綾小路は主張した。
 ストーカーより性質の悪いものに付き纏われ続けてきた人物の発言だけに、説得力がある。
 
「まあ大川の場合、少し他の人と話をしただけでもキレるんだけどな」
 綾小路は苦笑して遠くを見つめた。
 
「では、今日は放課後デート作戦を決行しましょう」
 綾小路の意見に基づいて、荒井が作戦を提案し、詳細を説明する。
 
 
「さすがムッツリ河童くんの考える作戦なだけあって甘酸っぱいねぇ」
「少女漫画かよ」
「えーっ、でも女の子はみんなそういうの憧れますよぉ」
「僕もとっても素敵だとおもうなぁ、うふうふ」
 数分後、語り部達はそれぞれ好き勝手に感想を述べたが、特に異論はないようだった。
 
「それくらいなら、いつもとあまり変わらないですよね。がんばります」
 坂上が了承したところで、日野も頷いた。
「よし。それで行こう」
 
 話は決まったと立ち上がり皆が帰り支度を始める中、斉藤だけは顔を顰めて黙り込む。
「斉藤?どうしたんだよ」
「それでいいのか坂上」
「え?」
「すごく危険じゃないか。もしそれでお前に何かあったら……俺は、」
「斉藤……」
 
 泣き出しそうな表情で坂上の腕を軽く掴む斉藤の手は、微かに震えていた。
 それほどまでに心配されるとは思っていなかった。坂上が戸惑い何も言えずにいると、既に部室を出た新堂が呆れたように告げた。
 
「だったら、斉藤も俺達と来ればいいじゃねぇか」
「は……?」
「ストーカー女が問題起こすにしても怪我するのは日野だけで充分。坂上にまで危害をくわえられないように守るのが俺達の役目だからな」
 
 未だ斉藤の隣にいた綾小路は、それを聞いて少し頬を染めた。
 
「僕はすっかりそのつもりだったよ」
「綾小路さん……わかった。坂上、俺もついてるから」
「う、うん……」
 
「それじゃあ斉藤と綾小路はあいつらと一緒に先に玄関に行ってろ」
「いいすけど、日野先輩は?」
「俺は鍵当番。女装した坂上に職員室行かせるわけにはいかないからな」
「ああ……」
 
 斉藤は複雑そうな顔をしながらも一応は納得したのか、綾小路と並んで退室していった。
 後に残った坂上は、いそいそと制服を取り出して着替え始める。
 坂上は頓着していないようだが、男同士とはいえじっと眺めているのは憚られて、日野は窓の外に目を遣った。しかし硝子に部屋の様子が映り込んでいることに気付き、慌てて手元に視線を落とす。
 
「そういえば文化祭当日も取材するんですよね。やっぱり目玉は演劇部ですか?」
「ああ。今年はあの岩下と主役の神奈川のキスシーンがあるからな」
「岩下さん、本当にキスしちゃうんでしょうか」
「何だ、お前も気になるのか」
「そりゃそうですよ。日野先輩は気にならないんですか?」
 
 衣擦れの音を意識しないように努めつつ、他愛ない会話を交わす。
 
「そうだな……お前ならどうする?」
「え?」
「あの女を刺激するにはかなり効果的だ。演技でキス──してみるか?」
 顔をあげれば、すっかり着替え終わった坂上が愕然としてこちらを見ていた。
 瞳を眇め視線を交錯させると、その頬にほんのりと朱が走る。
 
「そ、それって、【振り】……ですよね?」
「さあ、どうするかな。お前が嫌じゃないなら──」
 
 その先は、わざと口にしなかった。目線を外し、机に掛けていた鞄を取り上げる。
 坂上は結局返事をしなかった。
 
 
 オレンジに染まる部室棟の廊下を、しばらくは言葉も交わさずに並んで歩いた。俯きがちの坂上は気まずさを感じているのかもしれないが、日野はその沈黙が苦ではなかった。
 
 正直、嫌に決まっていると拒絶されなかったことにホッとしている。
 
(何だろうな、これは)
 
 不可解な感情を持て余して、日野は思考を停止した。
 
「先に玄関に行ってろ。俺は鍵を返すから」
「あ、はい。わかりました」
 
 角の手前で一旦別れ、職員室に赴き顧問と二言三言交わしてから玄関へ向かう。
 靴を履き替えて例の弁当を下駄箱に突っ込み、一歩外へ出たところで目に飛び込んできたのは、斉藤や綾小路と楽しげに言葉を交わす坂上の姿だった。
 
「おい」
 
 思わず動いた身体は、ふたりの男との間に割り込むようにして坂上の肩を抱く。
 
「気安く近づくなよ。これは俺のなんだからな」
 
 一瞬、眦をつりあげて反論しようとした綾小路も、「これは演技だ」と目で訴えれば渋々引き下がった。
 
「日野先輩、ちょっとやりすぎじゃ……」
「そんなことはないだろ。あの女がもうすぐ近くで見ているかもしれないんだからな」
 
 そうだとしたら口の動きを見られてはまずいと耳元で囁けば、坂上は今にも湯気が立ちそうな顔で日野を見上げた。
 
「それはそうですけど、お手柔らかにお願いします」
「充分優しくしてやってるだろ?」
「そういう意味じゃありません!」
 
 日野と坂上のそんなやりとりを、斉藤はぼんやりと眺めていた。
 見ていて愉快な光景ではない。友人を奪われたようで悔しいのだろうか。友情でも嫉妬ってあるんだな──と自分を納得させようとして、綾小路と目が合った。彼は何か言いたそうにしていたが、結局何も告げずに歩き出す。
 既に校門に向かっていた日野と坂上を少し遅れて追い掛けながら、斉藤は綾小路に声をかけようとして、止めた。
 
作品名:フェイクラヴァーズ 作家名:_ 消