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フェイクラヴァーズ

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──一言でいうと、ふわふわだった。
 
 
 日野は坂上の私服をこれまでにも何度か目にしたことがあったが、胸元に犬のマークの刺繍が入ったポロシャツだのVネックセーターだの、よく言えばクラシックな、悪く言えば地味な恰好ばかりしていたような記憶がある。
 
 それが、今はどうか。ふわふわなのだ。まごうことなきふわふわだ。
 
「お前、どうしたんだその服は」
 
 待ち合わせた駅前でそんな坂上を目にした日野は、ただただ呆気に取られた。
 
「倉田さんに借りました。手作りみたいですよ」
「それはすごいな……あいつ、同人なんか辞めてアパレル関係を目指したらいいんじゃないか?」
「でも、服飾も同人活動に役立つらしいですよ」
「そうなのか?」
「よくわかりませんけど……」
 
 コスプレを知らないふたりはお互いに首を傾げた。
 
「で、倉田には何て説明したんだ?」
 
 日野と坂上がデートすると聞いて黙っている倉田ではないだろう。日野がそんな疑問を口にすると、坂上は爽やかに笑った。
 
「女装に目覚めたから可愛い服を提供して欲しいってお願いしたら、撮影会を条件に快くくれました」
 
 それでいいのか坂上。
 日野はつっこみたいのを堪えて別の質問をした。
 
「……撮影はもうしたのか?」
「いえ。明日にしてもらいましたけど」
「そうか……」
 
 予定通り撮影会が決行されれば、倉田は坂上の女装写真を高値で売りさばくに違いない。考えるだに恐ろしい。日野はひそかに断固阻止を誓った。
 
 ふたりの周囲には、語り部達や綾小路と斉藤が、【坂上親衛隊】よろしくスタンバイしている。
 日野の位置からは確認できないが、今回も風間が目敏くストーカーの所在を発見していた。
 
「すげぇなお前。この人混みの中であの女を見つけるなんてよ」
 新堂が珍しく感心して見せると、風間は自分の視力がいかに優れているかについて朗々と語り出した。
 うんざりして聞き流していると、日野と坂上が歩き始めたのが目に入る。
 
「あ、移動するみたいだぜ」
「僕達も行きましょう」
「〜そもそも本当の姿に戻れば星が──あ、こら!置いていくなよ!……まったくあいつらときたら、人の話を真面目に聞かないなんて、失礼にもほどがあるな……」
 
 ブツクサと文句を言いながら、風間もふたりの後を追った。
 
 
 
「一度来てみたかったんです。植物園」
 はじめの目的地には、人目につきやすい場所を選んだ。映画館やプラネタリウムなどの暗い場所では、せっかくいちゃついてもストーカーからよく見えず挑発にならないかもしれないからだ。
 豊かな緑が生い茂る植物園ならオープンな場所であるし、ストーカーにとっても坂上親衛隊にとっても身を隠すのにちょうどいいだろう。
 そういった事情で選んだ為、日野や坂上が特に行きたいと欲したわけではない。だからこそ、日野は坂上の発言を意外に思った。
 
「お前、花が好きなのか?」
「いえ、特に好きというわけではありませんけど。こうして見ていても、どれが何という花なのか案内札を見ないとわかりませんし……でも、植物に囲まれていると気持ちが落ち着きませんか?」
「まあ、気分が悪くなるという人間はあまりいないだろう。俺も緑は嫌いじゃない。もっとも、人工物の方がより興味を惹かれるけどな」
 
 日野は根っからのジャーナリストだ。その関心は常に人間と人間が織り成す社会に向けられている。自然を愛する気持ちも無いわけではないが、あくまで人間との調和あってこそだ。理系が苦手というわけでもない日野が文系を自称する所以はそこにあった。
 
「日野先輩は、古代の遺跡とか好きなんじゃないですか?」
「よくわかったな。実は、今開催されているエジプト展に行こうと考えてる。お前、よかったら来週一緒に行かないか?」
「えっ……いいんですか?」
「ああ。ストーカーからは今日で解放される予定だしな。その時はそんな恰好しなくていいぞ」
「うわぁ、楽しみです!」
 
 ストーカーに見せつけるように、ふたりは手を繋いで園内をゆっくりと巡り歩いた。その様子に苛立ちを募らせたのはストーカーだけではない。
 
 あまりにも自然にふれあう手と手。
 微笑み合う横顔。
 それが何故こんなにも胸を締め付けるのだろう──斉藤は自問する。
 本当はとっくの昔に出ていた答から、目を逸らし続けていた。
 
「斉藤君」
 
 おなじみのように隣を歩く綾小路から、唐突に呼びかけられる。はっとして目を遣ると、彼は何とも言えない表情でふたりを見ていた。
 
「最近、日野の様子がおかしいと思わないか」
「……え?」
 
 坂上の姿ばかり目で追っていた斉藤にとって、その言葉は意外だった。
 
「以前はもっと、演技と素の境界がはっきりしていた。今はそれがほとんどない」
「それって……」
「日野はもう演技していないんじゃないか。少なくとも僕には、ありのままの日野貞夫として坂上君と向き合っているように見える」
「……つまり、日野先輩は本気で坂上を……」
「好きなんだろう。そして、それを自認している」
 
 目元を歪ませて言い切ると、綾小路は少しだけマスクをずらした。
 
「そう考えたら、不愉快だと思った」
「……何がですか?」
「多分僕は──坂上君が好きなんだ。日野と同じ意味で」
 
 苦笑いを浮かべ、マスクを元に戻す。
 
「あんな恰好が似合っても、坂上君は男なのに。大川に毒されたのかも知れないな」
 
 自嘲するような呟きを聞き、斉藤は無意識に顔を歪ませる。それをどう捉らえたのか、綾小路は眉尻を下げて斉藤を見た。
 
「君は、軽蔑するか?」
「あ、いや……違います。そうじゃない」
 
 もう、この気持ちから逃げることはできない。
 
「俺も……同じですから」
 
 斉藤の宣戦布告に、綾小路は顔を顰めた。
 
 
 
 植物園を出ると街へ戻り、軽く食事をすることにした。この日の為に目をつけていたカフェレストランに入ると、ストーカーからよく見えるように窓際の席に座る。
 
「今日はオレのおごりだ。何でも好きなものを頼めよ」
「いいんですか?じゃあ、これにしようかな……」
 
 メニューを広げて選びながら、坂上は小声で「明日払いますね」と付け足した。その生真面目さに日野は苦笑し、「素直におごられておけよ」と小声で返した。
 
 店員がやってきてオーダーをとり、食事が届くまでの待ち時間、日野は不意に真顔になった。
 
「坂上……」
「はい?」
「こんなしょうもない茶番に付き合わせて悪かった。そんな恰好までさせて……」
「ああ。いえ、この恰好に関しては僕が進んでしたことですから。先輩のお役に立てて嬉しいですよ」
「……ありがとうな。お前に頼んでよかったよ。正直、あの女には本当に悩まされて、気が狂いそうだったんだ。なんとか普段通りに過ごせたのは、お前のおかげだよ。お前がいなかったら、オレは今頃ノイローゼで医者の世話になっていたかもしれない」
「辛かったんですね、先輩……でも、それも今日で終わりですから。僕が、終わらせますから」
「坂上……」
 
 坂上の真摯な表情にうたれて、思わず手を伸ばしかけた、その時だった。
 
作品名:フェイクラヴァーズ 作家名:_ 消