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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~現世編~

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第七章「地脈流出計画」



 千回詣を終えた春江は、いつものように、狛犬前まで転送された。普段だったら、暫く辺りを散歩してから、浜辺に戻り休憩する。初めのうちは、千回詣がうまくいくかどうか不安だった仁木は、狛犬前で待っていたが、ある程度すると、問題なしということで、浜辺で待つようになった。
 それを知ってか知らずか、仁木が狛犬前で待たなくなった頃から、何やら怪しい黒い影が様子を伺っていた。そして今日、いよいよ動きを見せた。
 狛犬前に放り出された春江は、慣れた様子で見事に着地した。
「よし! 着地成功!」
 いつも無造作に放り出されるため、よく転倒してた。そのため、うまく足から着地したいと思っていた春江だった。
「今日は何もかもうまくいったぞ」
 余程うれしかったのか、つい独り言を言ってしまったようである。
 その瞬間、黒い影が、大きくマントを広げた。すると、春江を覆う空間全てが、別空間になった。
 早朝の神社前から、暗黒の荒野。明らかに吉兆ではないだけに、春江は何が起きてもいいように身構えた。
 まずは、身動きをせずに、周りを見渡し、情報を得ようとした。
 空は一面の雲。そして所々光っている。よく見ると、それが稲光だということが分かった。雷が鳴る割には、雨は降っていない。
 視点を空から、目の高さに移した。すると、地面なのか水溜りなのか分からない。湿地帯のような大地の所々に、枯れかけた木が生えているのが見えた。
「何処だろう……」
 思わず呟いてしまった。春江にとって今まで見たことのない無気味な光景だったからである。
「お父様……」
 と言いながら、周りを見渡したが、いないだろう事は容易に推測できた。この感覚は今までに体験した事がある。コノハナサクヤヒメの空間に移動したときの感覚である。別空間に移動するあの感覚と同じであった。
 とりあえず自分に害をなすものが近くにないことを確認した春江は、周りを歩くことにした。
 見渡す限り同じ風景。腐臭が漂っており、春江にとって不快以外の何ものでもなかった。でも、ここから脱出するには、散策して何か手掛かりを見付けなければならない。その思いのみであった。
 しばらく歩くと、目の前に、大きな屋敷が見えてきた。西洋系の城のように、屋根が尖がっており、フランス辺りにある古城を彷彿とさせるものであった。ただ、どす黒く汚れており、清潔感はまるでなかった。
 春江は、ここが目的地になるのだろうと直感した。だから、一直線にその屋敷に進んでいった。
 門が見えてきた。すると、門の横に人が立っているのが見えた。この空間に人はいないと思っていた。それだけに、この人物から、脱出の仕方や自分がここにいる訳などのヒントを得ることができるのではないかと期待した。
 門の前に到達した。すると、門の前にいる人物もそれに気付いた。
「お待ちしていました。城島春江様」
 軽く敬礼をして春江に声をかけるこの人物。こざっぱりとした執事風の格好をしている青年であった。褐色の顔に黒めの銀髪であり、この世の者とは思えない姿であった。
「どうして私の名前を?」
「我が当主、三田才蔵〈みたさいぞう〉がお待ちです」
 春江の問いを無視して執事風の男は、用件のみを話していた。春江はとりあえずついていくしかないと思い、執事風の男に促されるまま歩いていった。
 門の中に入ると、広大な庭園が広がっているのが分かった。そこに、異形なる者たちの中でも、特に人間離れしている霊がうごめいていた。言葉を話すことできなくなった動物的な動きをしているその者たちは、春江たちを見るや否や襲い掛かってきた。
 それを執事風の男は、手にした拳銃で躊躇なく撃ち抜いった。
「何をするんですか!」
 と立ちはだかるが、執事風の男は即座に
「邪魔をしないでください」
 と言いながら、春江はを振り払い、更に撃ち続けた。
「やめてください!」
 再度、執事風の男の前に立ちはだかる。すると、やっと撃つのをやめ、春江の方を向いた。
「この者たちは、最早人間ではありません。こうやって魂にとどめを刺してあげることがせめてもの弔いなんですよ」
「でも……」
 春江が言いかけた直後、執事風の男は春江の口元に手を差し出して制止した。
「私に撃ってほしくないと仰るのでしたら、ここで足踏みしないほうがいいはずです。先に進みましょう」
 春江は言いたいことが山ほどあったが、この者が言うことも一理あると思い、口を閉じた。
 いよいよ屋敷の中に入った。豪華な調度品や家具が、品よく並べられている。中央に階段があり、中央には、当主の三田だと思われる人物の肖像画が飾られていた。
 あまりにも豪華な屋敷を目の当たりにした春江は、足がすくんでしまった。今から何が始まるのだ。何かとんでもない事が起きるのではないかと思ったからである。
 執事風の男から案内されるがまま屋敷の中を歩いていった。途中廊下の所々に動物の剥製が飾られていたが、暫くすると息を飲んでしまった。ある廊下の一角全て、人間の剥製が飾られていたからである。中には、生まれたばかりの胎児のものも含まれていた。
「ああ、これですか?当主のコレクションです」
「そんな……ひどい……」
「それではあなたは、動物だったらひどいことはなく、人間だったらひどいと?」
 春江は何も言えなかった。でも、納得いかない表情を浮かべていた。
「着きました」
 と春江に告げると、
「当主、城島春江様をお連れしました」
 とドアの奥にいるであろう三田に話す。
「佐々木君、入り給え」
 佐々木と呼ばれる執事風の男は、目の前のドア開け、春江を中に招いた。
 通された部屋はひときわ豪華な内装で、中央に食事用の大きいテーブルが置かれていた。上には、蝋燭や食器、料理が所狭しと並べられている。
 テーブルの奥には、佐々木と同じく、褐色の肌に、オールバックでまとめている銀髪がまぶしく光り、その時代にはあまり見られないスーツを着た紳士、三田才蔵が座っていた。
「城島春江」
 三田は足を組み、深く椅子に腰かけたまま、春江に投げかけた。三田の声は、怪しく鋭い目つきと裏腹に甘美に響き、優しく春江の耳をくすぐった。
「はい。何ですか?」
 思いもよらぬ姿をしている三田の、思いがけない問いかけに対して、春江は無意識に返答してしまった。
「よく来た。掛け給え」
 三田は自分の反対側にある椅子に座るよう促した。しかし、かなり長いテーブルであるため、三田と春江の距離は遠いままであった。春江は、座るべきかどうか迷ったが、ここで椅子に座って話を聞かないことには先に進まないだろうと思い、座ることにした。
 三田はそれを確認すると、指をパチリと鳴らした。すると、春江の目の前に、豪華な料理が並べられた。
 春江は、食事をする気分ではなかった。ここはどこなのか。三田とは何者か。これから自分はどうなるのかなど、分からないことが多すぎて、それどころではないのである。
 そんな心中を察してか、三田は更に言葉続けた。
「城島春江。忙しい中、わざわざ訪れて来てくれたせめてもの礼だ。遠慮なく食べ給え」
「来たくて来た訳ではありません。早く帰してください」