雨降りのふたり
傘に入れてくれる優しさになんかじゃなくて、走り出そうと覚悟を決めて利き足を踏み出す直前に傘を差しかけてくる、狙っているんだかなんなのかよくわからないその周到さに惚れた。
「いいよ、べつに」
どうせ濡れようと思ってたんだし、言いかけるとのんびり笑われる。
「ハハ、そう?」
ゆっくり閉じられていく橙色の中心に骨が集まっていくのを眺めながら、出鼻を挫かれたようでやっぱり少し面白くないと思う。
「濡れちゃうと思ったんだけど」
ほんのちょっと前に言ったことをそっくり返される。なんで同じことを言うんだろう、とさえもう思えない。
「やっぱり、入れて」
降ってるねえ、なんて呑気に腕を差し出して袖口をぐしょぐしょにしている隣人に言ってみる。たった今実践された状態にはできればなりたくない。
「ふうん」
どおしようかなあ、と嬉しそうに口角を上げるこどもみたいな同級生に、ほんの一瞬、殺意が芽生えたのはなかったことにした。
「ちょっとなら、いいよ」
傘一柄のちょっと、ってなに。
「ねえ、馬鹿なの?」
「んー、成績はいいんだけどねえ」
殴り飛ばしたい。衝動をやり過ごして、濡れていない方の手にあった柄を奪い取る。
「あ、ちょっとまって」
さっさと開いて歩き出す。刹那だけ目前に広がった鮮やかな色がちらちらと意識の端に残像を送ってよこす。
「一緒に帰ろうよ」
一人で差すには大きくて、余った空間に苦も無く身を滑り込ませてきた長身に嫌な顔を向け、片腕を寄せる。丈夫な作りの見るからに高そうな雨避けは結構重たい。
「ふふ」
受け取った持ち手を自分の身長に合わせて掲げ、首を軽く傾げる。
「けっこうスキでしょ」
開いた口が塞がらないとはこのことだ。実際には隙間なく閉じられているけれど。
もうなにが、とか、誰が、とかは聞く気にもならなかった。
「好きじゃないっ」