神様はつらいよ
神野 英知は、部屋の中で一人つぶやいた。
部屋にあるバーカウンターに座り、何も無い中空に目を向けながら
英知は、ぶつぶつと話している。
周囲には、誰もいないはずなのに、
時々、英知の頭の中に直接言葉が聞こえてくる。
「聞いてくれれば教えましたよ。」
「そんなこと言ったって、実際にこうやって霊から
邪気を飛ばされてからじゃないと、質問もしようがないでしょ。」
「まあまあ、邪気の返し方を教えますから。落ち着いて。」
「スノカミさん、そんなこと言って、僕がそうなるのを
わかってて見逃していたでしょ。」
「え?鋭いですね。英知さん。」
どうやら、英知は目に見えない相手と話をしているようだった。
スノカミといえば、神々をたばねる神として、直接
人間には接触することがない神である。日本では、最高神を
アマテラスオオミカミと定めているが、実際にはその大元を辿ると
天上の世界から地上に降り立っていない神々がいる。
その天上の神の系譜の中で、始まりの神として言われるのが
スノカミである。どうやら、その神が、直接英知に話しかけてきている。
「では、英知さん、私のいうやり方を行ってくださいね。」
「はいはい、わかりました。ではお願いします。さっきから
霊から送られてくる邪気が強くて、頭や体のあちこちが痛いので、早く
お願いします。」
英知は、スノカミから邪気のはらい方を教えてもらい
実際の手順を行い始めた。
両手を組み、人差し指と中指を立てて、意識を集中する。
体に飛んできている邪気をたぐっていくと、頭部からどんどんと
邪気が天に伸びており、上で何かの塊に当たった。
「こら、おまえらが霊か?」
英知は頭の中で、邪気の先にある塊に向かって問いかけた。
「ええっ?どちらさんですか?」
塊から返答があった。
「おまえらが邪気を送ってきてるんやろ。頭痛くなってきてるわ。
一体どうゆうつもりや。」
「あ、そうでしたか。失礼しました。私たちは、こちらで成仏させて
いただけるとお聞きしてお伺いしたのですが。」
「誰から聞いてきたんや、ほんまに。なんで邪気を送ってくるんや。」
「何とか気づいていただきたくて・・・。」
「気づくも何も痛いやんか。ほんまに。人に何か頼むのに
失礼は奴やなあ。」
「申し訳ありません。成仏させていただきたいのですが・・・。」
「ああ、わかった。わかった。じゃあ、そこにいるみんな集まりや。」
「わかりました。」
英知は、そう言うと、以前にスノカミから教えてもらった
霊を天にあげる方法を始めた。
程なくして、天から明るいエネルギーが降りてきて、霊達の体を包み込み
はじめた。霊達全てをそのエネルギーが取り囲んだと見えた途端、
今度はゆっくりとエネルギーが再び天に向かって上り始めた。
通常、生き物は、死んだ後に天に昇るようになっているが、中には例外がいる。
世の中には、英知の元に飛んできたような、いわゆる成仏できて
いない霊達が、生身の生き物以上にいる。その理由は様々だが、
単純に言えば、「この世に未練があるから成仏できなかった者達」である。
最近、人間は寿命で亡くならずに病気や事故などで亡くなることが多い。
そのため、この世に未練を残して成仏できない霊が増えている。
動物の場合は、人間に住む場所を追われたり、狩りで殺されると
成仏しにくくなるようである。
どうやら死んだ当初は、自分が肉体がなく霊魂だけになっていることを
意識できなくて、混乱する霊が多いようである。しかし、しばらく時が
経つにつれて、自体が飲み込めてくる。周囲に何を話しかけても
相手が気づいてくれないからだ。そして、次にどうしようかと悩む。
すでに成仏する機会は逃してしまっているので、天に昇る道筋がない。
そのため、地上をふらふらと徘徊することが多くなるようである。
しかしその徘徊自体が終わりの無い話だから、100年や200年は
ざらに徘徊してうろうろすることになる。
その頃には、未練を残した相手である人物は亡くなっているし、
そもそも霊として地上に残っている意義が完全に失われてくる。
そうなると、地獄である。そのため、一人では不安になり
霊がいる場所に集まろうとする。そういう意味で言えば、お墓は
死者を弔う場所だから、なんとなく落ち着くし、仲間の霊も
たくさんいる。自然とそういった場所には、霊が集まることになる。
ただ、不思議なことに霊も生身の人間と同じで、相性があうあわないが
あるらしく、気に入った霊同士でグループになる。
どうやらそういったグループになった場合、グループ毎に
意見が異なるので、霊を成仏させるほうも別々に対応しないと
あのグループは納得して成仏する流れにのったけど、別の
グループは上がってなくて、また成仏させるために
手順を最初から繰り返さないといけないという、何とも
大変な作業をせざるを得なくなる。
どうやら英知が成仏させた霊のグループ以外にも
他の霊がいたらしく、
「よし、これで大丈夫。成仏した。」
と、英知がほっと胸をなでおろそうとした時
「あのー」
と、再び天から声がかかった。
「え?」
「私も成仏させて欲しいのですが・・・。」
「なんでさっき成仏せえへんねん。」
「いや、さっきのは間に合わなくて。」
「もう、勘弁してくれよ。疲れてるのに。」
「すいません。お願いします。」
「もうそこにいるのは、あんただけか?他におらんやろうね?」
「ええ、私だけです。」
「ちょっとそこで待っててや。」
そういうと英知は再び霊を天にあげ始めた。
「大変ですね。何回も。」
「スノカミさん、まだおったんですか。手伝ってくださいよ。」
「まあまあ、そう言わずに。私達、地上に降りていない神々は
地上のことに直接関わらないよう決まりがあるんですよ。」
「だから、私が降りてきた、と言う話ですね。前に聞きましたよ。」
「ええ、大変だと思いますが、よろしくお願いします。
協力できることは、何でもしますので。それでは、私は用事が
あるのでこれで失礼します。」
「何の用事ですか?」
思わず英知はスノカミさんに聞いていた。
「これでも私は色々忙しいんです。それではまた。」
と言った途端、スノカミさんの意識が英知の周囲から消えた。
「あー、目に見えないだけに人にわかってもらえないから
面倒くさいな。」
英知は、一人愚痴をこぼした。