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斉藤君の殺人クラブ観察日記

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#5


 物音が響いたといっても、その出所が図書室だと特定することまではできていない筈だ。せいぜい、この階にいるということがバレたに過ぎない。だからといってグズグズしているわけにはいかないが、慌てることもないだろう。こちらには綾小路という生きた索敵ナビがついている。
 
「作戦を立てておこう。まず、なるべく音を立てないように、臭いを避けて移動する。多少遠回りになっても廊下で鉢合わせは危険だ。相手は人を殺し慣れている。正面からいってもまず勝ち目はない……」
 出口に向かいながら、綾小路は声を潜めて今後の対策を告げた。
「次に講堂に着いてからだが、何処かの物陰に隠れて奴らが来るのを待つ。講堂は広いから、後の六人が同時に入ってきたとしても分散して君を捜す筈だ。近くに敵が来たら、他の奴らに気付かれないように戦闘不能にする。相手は君ひとりだと思っているだろうから、それで少なくとも半数は潰せる」
 そんなに上手くいくのだろうかという不安はあるが、殺人クラブについては綾小路の方が詳しい。メンバー全員と面識があり、それぞれの性格や行動パターンを把握しているというのだから、斉藤は下手に口を挟まずに彼に任せることにした。
 しかし扉の前まで来たところで、ふと風間のことが気になる。
「それはいいすけど、あの人はここに放置してていいんですか?仲間が縄をといて起こしたら……」
「ああ、それはない」
 綾小路はやけにきっぱりと断言した。
「何で?」
「あいつらはそもそも大した理由もなく人を殺すような連中だ。メンバー間に仲間意識は無い。むしろ自分が真っ先に獲物を殺したいと考えている。だから風間の脱落を知っても、かえって『競争相手が減った』と喜ぶだけだ」
「はぁ、そんなもんすか」
 随分とまとまりの無い組織だ。その状態でよくもまあ表沙汰になることなく殺人を繰り返してきたものだと思う。
 
 ふたりは廊下に出ると、窓から射す僅かな明かりを頼りに歩き出した。敵の臭いを避けて進む綾小路の背中を追いながら、斉藤は何故こんなことになったのだろうと考える。
 殺人クラブに目をつけられるようになった原因は一体何なのだろう。風間のことは名前こそ知らなかったが、そういえばここ数週間たびたび見かけていた気がする。何処でだったか。
 そこまで考えたところで、急に綾小路が立ち止まった。危うく激突しそうになり、慌てて足を止める。
「あ、綾小路先輩?どうかしたんすか?」
 覗き込んだ彼の顔色は、暗闇とマスクに隠れていてよくわからない。
「どうして……」
 ただその声の震えで想像がついた。
「どういうことだ斉藤君、坂上君は帰宅したんじゃなかったのか!?」
「えっ!?坂上がいるんすか?」
「ああ……しかも最悪なことに、殺人クラブのメンバーのすぐ近くだ」
「なっ!」
「仕方ない、走るぞ!……間に合ってくれ!」
 
 肝が冷えた。今此処で起きている恐ろしい事態を、何も知らない坂上が殺人クラブのメンバーに遭遇したら──風間が持っていたような物騒な武器を所持する異常者を目撃してしまったら。
 
(きっと、ただじゃすまない!)
 
 臭いを辿って坂上の元へ駆ける綾小路を必死で追いながら、斉藤は祈った。
 
(無事でいてくれ……坂上!)
 
 
 綾小路が足を止めたのは、階段の踊り場の姿見の前だった。
「やはり貴方も参加していましたか、綾小路さん。……罠にかかりましたね。図書室にいる貴方を見かけて、もしやと準備していた甲斐がありましたよ、イヒヒヒ」
 長い前髪で瞳が半分以上隠れた陰気な男が、口元を歪めて不気味な笑い声を漏らす。その手には重そうな鎖を携えていた。
「罠?」
 綾小路が眉根を寄せ問い返すと、男は更に笑みを深めた。
「ええ、貴方がたを此処にご招待するために、少々仕掛けさせていただきました。これが何だかわかりますか?」
 そう言って彼が取り出したのは、折り畳まれた何の変哲も無いハンカチだった。
「それは……」
 見覚えがあるのか、綾小路は一瞬目をみはり、そして鋭く男を睨みつけた。
「何故君がそれを持っているんだ、荒井!」
 どうやら男の名は荒井というらしい。最近よく耳にしていた気がするが、思い出せない。
「先日、坂上君が僕の部屋に忘れていきました。ああ、その日は彼と映画について朝まで語り合ったんですよ。大変有意義な時間を過ごさせていただきました。不思議ですね。坂上君と話していると時が経つのを忘れてしまうんですよ。綾小路さんも覚えがあるんじゃありませんか?貴方なら、これに染み付いた坂上君の臭いを嗅ぎつけてくると確信していましたよ」
「……坂上だって!?」
 苦虫を噛み潰したような顔で黙り込む綾小路のかわりに、斉藤は思わず声を荒げた。
 
「ああ、初めまして、斉藤君。早速ですが死んでもらいますよ──坂上君に近付いた報いです!」
 
 荒井はそう言うやいなや、斉藤に向けて鎖を振り上げた。