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ふたりの言葉が届く距離

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 第1章



 仕事帰りのコンビニで弁当を買って見上げた空はもう暗くなっていた。
  
(確か東京は雨だって言ってたな)

 袋の中で弁当が斜めになるのを直しながら、朝の天気予報を思い出す。
 たとえ晴れていたとしても、向こうの夜空の星はもっと少ないのだろうか。

 大量の資料が詰め込んである鞄が重い。夕食が終わったら今日中に片付けなくてはいけない仕事を頭の中でシミュレートする。布団に入れるのは2時くらいになるかな。
 先月に田島先生が突然退職されてから未経験の仕事が増えてしまっているのが正直辛い。
 噂ではうつ病になっていたらしいけど、真偽のほどは分からない。予定されていた送別会にも来てくれなかったから。お別れの挨拶も感謝の言葉も伝えられなかった。


 アパート近くまで来て、自分の部屋に明かりがついていることに気づく。
 少し足早に歩いて、階段を駆け上がってドアを開けた。

「ああ、お帰りなさい。阿部先生」
「…………」
 狭い台所に立ってこちらを見つめていたのは、もちろん理奈ではなかった。
 俺から会いに行くと昨日メールを打ったばかりだ。

「俺はお前の先生じゃないだろ」
「だって、呼ばれ慣れているでしょ?」
 そう言って、白井麻由美は驚くほどに自然な微笑みを見せる。その清楚な服装と長く艶やかな黒髪は大学時代からのイメージを崩していない。
「どうやって入ったんだよ?」
「もちろんドアを開けて。私、理奈の鍵から作った合鍵を持っているから」
 彼女はプライバシーという言葉を知らない世界の住人のように、悪びれた様子もなく答えた。