ホロウ・ヒル (1)
プロフィール
老女の身を案じて枕元に集まってくれた人々は認めようとしなかったが、シェルの死の国への旅立ちは刻一刻と近づいてきていた。
次第に弱くなる心臓の鼓動を感じながら、シェルは枕元に集まる大切な家族の顔を一人ずつ記憶に焼き付けるように優しく見つめた。
息子達や娘達。その子供と孫達。みんなシェルの為に集まり、彼女の人生が終わるのを
悲しんでくれている。
夫は随分前に死の国に旅立ったが、きっと川岸で彼女が来るのを待っていてくれているはずだ。
「……みんな、ありがとう」
吐息のような小さな声でシェルがささやくと、一番小さな孫娘が我慢しきれず泣き出した。老いと病気のせいでやせ細った手を孫娘に向かって伸ばすと、すがりつくように両手でシェルの手を包み込んだ。
その小さくて暖かい手とその仕草を見て、シェルはかつて一緒に旅をした少年を思い出した。
……クリストフ ……私、もうすぐ死ぬわ。あの時の約束、覚えている?
妖精の国ホロウ・ヒル。
あの輝くような美しい国に、シェルはクリストフを届けにいったのだ。女王もクリストフも彼女がかの地に留まるのを望んだが、シェルは人の国に帰る事を選んだ。
その時にクリストフはシェルに約束をした。
『いつか、もう一度君に会いに行く』
その約束は優しくシェルを守り、どんなに辛い時も彼女を支えてくれた。
……愛しているわクリストフ。私、もう一度。あなたに会いたい。
彼女をそっと目を閉じ、一緒に旅をしたあの懐かしい日々を思い出し始めた。
作品名:ホロウ・ヒル (1) 作家名:asimoto