あの頃の僕は、君に恋していました。
君と僕は、恋人同士でもなく、友達すら始まっていませんでした。
僕は、君の数多くいるファンの一人にすぎませんでした。
昔も、今も。
あれは、大学の文化祭でのこと。
僕は、音楽系サークルに参加していたというだけで、文化祭の音楽フェスティバルの審査員の一人にかり出されました。審査員と言っても、適当に点数をつけ、それを本部に提出するだけ。インタビューも何もなく、お飾りな審査員でした。
2日間、僕は、本校の学生なら、審査さえ通れば、誰でも参加可能という、一グループあたり15分ほどのステージを、おざなりな態度で見ていました。点数も適当。
僕が、イイナと思えば10点。キライと思えば0点とずいぶん、極端に適当でした。
そんな中。
君は一人、赤いアコギを持って現れました。
パイプイスに座った君は、ぼそっと、名前を言い、よろしくお願いします。
と、暗い声で言いました。
その印象。
覚えていません。だって、興味がなかったんですもの。
でもね、君は、カントリーとクラシックの混じったような、切ない、切ない、アルペジオを弾き始めたのです。
そして、君の声。
君の声は、どうしてそんなに切ないんですか?
子犬が寂しく、母親を呼ぶような君の声。
誰かを求めるような、自分を励ますような君の声。
わずか3曲のステージの間。何度あなたに運命を感じたでしょうか。
君の歌声に、僕は運命の出会いを、強く強く感じてしまったのです。
あなたに伝えたい。僕の不器用だけど、あまりにもストレートなこの感情をあなたに聴いて欲しい。僕は、ステージの引けた君を探してキャンパスを走りました。
馬鹿馬鹿しいでしょ?
うん、自分でもそう思います。
でもね。
もし、もしも、このキャンパスの中で、君に再会できたら・・・。
そんな夢を見ても構わないでしょう?だって、僕は君に恋をしてしまったのだから。
そんな僕を神サンは哀れんでくれたのでしょうか。
日の暮れた図書館の前、愛用のギターケースを下げた君がいたのです。
僕は、何も戸惑うことなく君に声をかけました。
「先ほどのステージ見ました。とても素敵で、感動しました!」
君は、突然の事にさすがに戸惑ってはいたものの、
「ありがとう」
僕を一ファンとして対応してくれたようでした。
当時の僕は、いきなり愛を語れる程、洗練された人間ではなく(今もってそうだとはいえませんがね)、唯一言えたのが、
「ぜひ、また聞きたいです」
それが限界。
すると君はフライヤーを一枚差し出し、
「よかったら来て下さいね」
どうやらライブの告知のようです。
そして、君は去っていきました。
僕はフライヤーを握りながら、照れながら、笑いながら、軽音楽部まで走って行きました。
あの頃の僕は、どうしようもなく純情でした。
恋愛経験も少なく、生まれてこの方、恋人がいた事もなかった。
だからね。
そんな僕が、君に人目ぼれして、君を追いかけて、君に声をかけて。
君と会話をして、一枚のフライヤーを貰っただけで、僕はとてもとても幸せな気持ちでいっぱいでした。
それからの僕は、君を追いかけて様々なライブハウスへ行きました。
天満のDICE、難波のベアーズ、京都の拾得も行きましたね。
その姿は、あまりカッコの良いものではなかったでしょう?
僕は君を追いかける余り、君の気持ちを何も考えていなかったのです。
しばらくしたある日。
大学のキャンパスでのこと。
僕は、君と約束をして会いました。
僕は、言いましたね。
「あなたが好きです」
君は、とまどいながら、顔を赤らめ、恥ずかしそうでした。
君のような素敵な人なら、何度も、何度も言われた言葉ではないのですか。
けれども、君は答えをくれませんでした。
いつ聞かせてくれるのでしょうか。
YESかNOか。
そのシンプルな答えを聞きたくて、知りたくて、僕は君を追い続けました。
そして、京都の拾得のライブでの日、ひどく酔ってしまった僕は、帰りの電車の中で、君にこんなメールをしました。
「僕は君を愛して止まない。君の歌を聞く度に、君に片思いしている自分があまりにも悲しい。どうか僕を受け止めて下さい。どうか僕に君を受け止めさせて下さい。僕にとって最初で最後の恋です。君の返事を聞きたい」
送信ボタンを押してから、僕はうずくまっていました。
酔いのせいでしょうか。嗚咽と頭痛がひどく、何度も僕を襲います。
しばらくして、携帯電話が震えました。君からのメールです。
僕は、メールを開くボタンを押せません。
この中には、喜びがあるのですか。悲しみがあるのですか。
臆病な僕は、何十分も君からのメールを開けませんでした。
開いてしまえば、僕のこの恋が終わってしまうから・・・?
どうしてでしょうか。
僕は、君との愛が始まる気になれませんでした。
でも、僕は君のくれたメールを開きます。
読まないのは卑怯だと僕は、自分に言い聞かせました。
「私には好きな人がいます。まだ片思いですが。だから、あなたの気持ちには答えられません」
僕は、泣いたのでしょうか。怒ったのでしょうか。10年以上たった今、もう、忘れる事ができています。あれから僕は、恋らしき恋も、愛する人もいません。
今でも僕には、君以上の恋ができるなんて思っていません。
今日、久しぶりに帰った実家で君のデモテープを見つけました。
僕は聞いてもよいですか?僕はあなたを思い出してもよいですか?
僕は、君に恋していたあの頃を思い出してみたいのです。
馬鹿馬鹿しいくらい、君を好きだった純情な頃の僕と、君の歌声を。
作品名:あの頃の僕は、君に恋していました。 作家名:森田紗英子