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うそみたいにきれいだ

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7月29日 カルーア

(鈴木さんと佐藤くん)



「おお!」
「おお……」

重い重い買いものを終えて、おのが五指かビニルのレジ袋、先にこときれるはさあどちらと言わんばかりの状態で帰ってきた俺をあざやかにスルーしたのち、部屋の主は目を輝かせた。
今の今まで惰眠を貧っていたとは思えぬような俊敏さで、左手に下がっていた袋を奪われる。
重そうだからお手伝いしよう、みたいなやさしいきもちはそこにはかけらほども宿っていないのが目に明らかで、ちょっとくらい隠そうとしたりしようよと不穏な空気をまとってねめつける俺にも気付かず、もしくは気付かないふりで、もしくは気にもとめず、不自然に持ち手の伸びたそれに男は愛おしむような動作で手を突っ込んだ。

まず出てきたのが、三温糖の大袋。
次に薄力粉、それからマーガリン、プーアル茶の缶、冷凍うどん、といった具合。
そして右手に下げていた方、今は冷蔵庫の前で持ち手だけが天を突く威勢で垂直に立っている袋の中には、水、牛乳、めんつゆ、発泡酒などの、ことさら重力に従順なもののたぐいがはちきれんばかりに詰まっているのだ。

中途半端に家が近いせいで、いつも俺が買いものに行かされる。
そう人にこぼすと必ず、いやまてそれは理由として成り立っていないぞと神妙な顔をして諭されてしまうのだけど、ふたりのあいだではそれは確かに絶対のことなのだから仕様がないのである。
人が人と心を通ずるには、そういうのってだいじだと思う。
他者から見れば全く妙ちくりんで理不尽なきまりごとが当事者達にとっては理由を述べるまでもない当たり前のことで、そういうのがあるからこそほどけない関係というのが出来上がるのですよ。

そんなことを考えて、まさしくそのほどけない関係にある人を今すぐ張り倒して力いっぱい罵ってやりたいという気持ちを押さえていると、棚から百均で買っためいめい鉢をふたつ取り出したそのひとがいそいそとやってきた。にこにこしながら。

「食べるよね」
「………」
「ね」
「……うん」

右手に、というか右の脇腹に抱えられているのがバニラの箱アイス。
奪われた方の袋の一番下に詰められていたやつだ。
ふたりでいる場合、箱アイスの意味するのはあの紙の箱の中に個包装された棒付きアイスがもそっと詰まっているもの、ではない。
箱の素材はプラスチックである。
重さはきっと棒付きアイスの五倍はあろう、心に来るもん重さが。
その名もファミリーサイズ。
またの名を業務用。
俺のこいびとのような、そうでもないような人はよりにもよってこの、スイーツとかいうジャンルには画的に入れてもらえないかもしれないようなのが大好きなのだ。
正確に言うと、これをちょっとだけデコレートしたものが。

「あ、今度こっちも買ってきといて」
「消費はやいって」
「しょうがないじゃん夏なんだから」
「夏やとカルーアが二週間で空くんかい……」
「ほい、できあがり」

いかにも安物らしくひかる、真っ白い鉢のなかでバニラのアイスは黄色に見える。
底に溜まるほど惜し気もなく注がれているのはコーヒーリキュールで、これから仕事の俺の分はきもち少なめ。
全開にしたガラス戸の前にしけこんで扇風機の風になぶられながらひたすら無心にその塊をこねくりまわす色気もへったくれもない成人男性二人を、甘ったるいにおいが取り巻いている。

「鈴木くん、俺。女の子になりたい」
「何いきなり。きもいんだけど」
「いやもうそれしかないやろこのいたたまれない状況を打破するには」
「なんで、つうかそもそもおれ佐藤くんが女子だったら絶対ほれないから。全っ然好みじゃねーもん」
「ひっどお!」
「ひどくない。ひどいのは佐藤くんだ」
「なんでよ!」
「腹を冷やして考えなさい」

三角座りでもちゃもちゃやっている丸っこい肩の線を見ながら考える。
考えるけれども解けなくて、溶けるのはアイスばかりです。

「難しいよ鈴木くん」
「そうかなあ」
「そうですよ」
「じゃあなんで佐藤くんはいつも買い出し行ってくれるの」
「…………あっ」
「ほらね」

そりゃあ他者から見れば全く妙ちくりんだろうけどぼくたちは好き合っているのである、つじつまを合わせる必要もなく合っているのである。
疑問は解けて、ほどけないぼくたちは溶けたアイスをこねくりまわす。

「鈴木くん。許せ」
「うん。今度カルーア買ってきてね」
「…………」



作品名:うそみたいにきれいだ 作家名:むくお