雪合戦
時計の秒針は開始まであと五秒。
僕は静かに心の中でカウントダウンを開始する。
五、四、三、二、一、零。
『お! 全部活動とまではいかないが、結構集まってるな! じゃあ締め切るぞ! ちなみに言い忘れてたが、欠席してる部員がある部は不可抗力なので参加権を与えてやる!』
どうやら、副会長はマイク片手にノリノリらしい。
これが高校三年。
しかも生徒会副会長だ。
何を思って先輩たちはこの人に投票したんだろう。
まあ、清くても清くなくても一票は一票なんだけど。
それにいまさら悔んだってもう遅い。
それよりこの人、ほんと山崎君に似てるなあ。
この精神年齢の低さ、後先考えず突っ込んでいくところとか。
『それじゃあルールを』
ブチッ。
「え? 何? 何でマイクの線が……」
副会長が後ろを振り返る。 振り返って、その先を見て、青ざめた。
パクパクと口を開閉させるだけで、もう何も言えない状況らしい。
この人の反応からすると、多分あの人だ。
僕らが視線をそちらにやると、そこには生徒会長と教頭がいた。
「勝手な行いは慎むように。確かに校長はノリ気だったかもしれません。ですが、あらかじめ各教科の教員にも言っておく必要があるので、事前に私たちにも申請しておいて下さい」
「教頭先生の言葉を補足します。第一、もう予算会議が終了しているので部費の金額変更は不可能です! て言うか何で私やほかの生徒会の人間に確認しなかったんですか!? そんな予算あるわけないじゃない! いっつもいっつも問題起こして! 皆うんざりしてるんです!!」
「え、ちょ、本人此処にいるのにそこまで言う!?」
「とにかくっ! 部費の件はどうしてもというのなら自費でお願いします!」
「私からも条件を出させていただきます。授業まであと十五分しかないのでその範囲で、まあせいぜい楽しんでください」
「十五分!? 無理無理!!」
「それじゃあ止めればいいじゃない」
「それも嫌! じゃあ、一位が五百円、二位が三百円、三位が百円だ!」
副部長がそういった瞬間、皆が校舎に向かって歩き出した。
落胆のため息を吐いたり、副部長の計画性のなさに憤りを感じて部員同士で愚痴をこぼしあったりしながら、暗い雰囲気を纏って下駄箱の向こうへ消えていった。
まあ、そりゃあそうだろうなあ。
流石に五百円のためにこの寒い中制服で雪合戦なんて幼稚な遊びに付き合ってくれはしないだろう。
教頭と会長も後者の方へと歩いて行ったし、流石に部長たちも乗り気にはならないはず……。
「あたしはやるで!」
「私も……やる……」
「僕はパ」
「すずちゃん……やるよね……?」
「僕はやらない」
「いいの……? 本当に……? すずちゃんのキャラ作り……皆にバラすよ……?」
「……分ったよ」
「仕方ねえ、俺もやってやる! 田辺もやるよな!?」
「え? う、うん……」
そういった瞬間に、副会長が息を吹き返した。
なんか、心なしかキラキラという効果音が聞こえる気がする。
「うわ、なんか復活した。ていうか何そのオーラ。気持ち悪っ」
「うん……その気持ちは……痛いほど……分かる……」
「お前、まだその癖直ってなかったのかよ……。親にまで引かれてたの俺も見てたぞ」
「あ……よかった。僕の耳がおかしいとかそういうんじゃなかったんだ」
「うわっ! ひどっ! と、とにかく! 美術部だけでやるってことでいいんだよな!」
「ってもしかして、美術部同士で戦うってこと!? はっきり言って意味がない気が」
「うーん、じゃあ、俺VS美術部ってどう? 部活内で戦わないし」
「……ほんとに……いいんですね……?」
「ああ! もちろんだ!!」
「…………ふふっ」
「「「!?」」」
「お、おかしいなあ、なんか急に寒気が……!」
ああ、この人今の関さんの笑い声、聞こえてなかったんだ……。
なんだか急に同情してあげたくなった。
関さんはゲームと名のつくものには全てにおいて遠慮や容赦をしない。
授業の場合は例外だけど。
多分雪玉に石でも入れて全力投球するつもりだ。
あの細い腕のどこにそんな力があるのかは知らないが、一回だけ、その全力投球を見たことがある。
宮原君に絡んできた不良に向かってテニスボールを投げて見事頭に的中。
当たり具合が悪かったのか、後で顔の広い友人に聞くと、その日一日の記憶がすっぽりと抜け落ちていたらしいことが判明。
どんなコントロールだと突っ込みたいところだけど、そこは関さん。
ひらりとかわされた。
まあ、そんなことを副会長は知らないわけで、いつも会長たちを困らせているのでいい薬になるだろう。
「じゃあ仕切りなおしていこうか、開始!!」
副会長はそう言うとすぐに草むらに消えていった。
足跡がくっきりと残っていることにも気付かずに。
結果はまあ、言うまでもなく関さんの大活躍により圧勝。
途中からは皆で副会長の周りを囲んで一斉に雪玉を投げつけていたので、もうほとんど集団リンチのようなものだった。
「先制攻撃さえ……取れれば……こっちのもの……」
と満面の笑みで言い放ち、容赦なく副会長の頭にクリーンヒットさせた。
「総攻撃」だの「チャンス」だのと専門用語を呟いていたのは、多分新たに「はまった」というゲームの影響だろう。
その後、気絶した生徒会長は授業に大幅に遅れて、単位が危ぶまれたそうだ。
流石にかわいそうだと思って傍に作って置いておいた雪だるまに気づいたのか、はたまた気付かなかったのか。
それは定かではないけれど。
まあ、それなりには楽しめたかも知れない。
END.