laughingstock9-2
彼らは貴方のおもちゃではない。感情を持ち、自分で選び、生きている」
命に重いも軽いもない。例えウサギのためであっても自分の意思であると証明するために生きる道を模索しているリーフを見てしまった。
そして今もルイスを助けた。
『それも予想済みだ。変わらない訳がない。そういう風に私が作った。
ただ彼らがどんな選択をし、感情を覚えてきたかが全て。統合のとき私の血肉になる』
「・・・貴方は彼らに他の想いを抱かないのだな。だからこんなやり方しかできない。・・・可哀想だ」
貴方が姿を現し、こうやって話をするだけで人との繋がりができる。強制や犠牲というやり方を取らなくても彼を救うという心を持って触れ合ってくれる人だっているのだ。
ルイスにとってあの少女のように害なく触れてくれる人間やpielloはいる。彼の恐れが人への失望からきているとしてもルイスでは彼を救うことはできない。
「・・・我は貴方の力になれないだろう。貴方はもっといろんな者に分かってもらうといい。それが嫌ならリーフや貴方の作った人形でもいい。貴方一人よりきっと力になってくれる。統合してしまえばその人の人格、喋り方や印象すべてがなくなってしまう。ただの情報では貴方の心は満たされないともう気付くべきだ」
ルイスが300年逃げ続けて、ようやく人と触れ合って分かった事だった。身体の拒否反応が消えることはなかったがそれらはルイスを最も愛させ、尊んだ結果、ルイスは身を引き続けた。
「我より長く生き、全ての創世者よ。我はもう貴方の一部から逃げない。貴方も向き合うべきなのだ・・・」
そこまで喋り続けた時、彼の気配が消えた。満足したのか聞く必要がないと思ったのかルイスには判別できなかった。
そしてすぐ生まれ存在のある気配だった。最近頻繁に感じ、親しみすら覚えてくる。彼はとても面白い。淡白でありながら人に情を持つ。
人形でありながら人形であることを拒む。右腕を庇いながらこちらへ歩いてくる。
「今の話は本当か」
「リーフ、聞いていたのか」
彼が言っていたのはリーフのことだったようだ。観客は一人ではなかったらしい。
「長い昔話だったよ。ついでに今のは独り言か?」
リーフには彼の存在を感じることはなかったようだった。
「いいや?聴衆はお前以外にもいたとも。強制的に向こうへ連れて行かなかったことから我もお前もまだ利用価値はあるらしい」
彼について覚えがあるのか、リーフはそれについて疑問を持たなかったようだった。ただ苛立たしげに自分の右腕を掴む手に力をいれたようだった。
青褪め、先刻出会った時より具合は悪化しているようだった。彼のウサギの姿はなく、この様子に向こうとの繋がりが途切れたのではないかとルイスは思う。
「ウサギがお前の手に負えなくなったか?」
リーフは頷く。その覇気の無さにルイスの不安を煽る。項垂れた彼の前で思わず屈み、彼と目を合わす。
「・・・掴めなかった。僕がウサギを掴めなかったなんて今まで無かった。君のウサギの話も聞いた。
僕のウサギもそうなってしまうのだろうか」
リーフは自分のウサギを大切にしていたpielloの一人だったことを思い出す。不安に駆られ、相棒の事を問う姿はルイスにとってよく分からない感情だった。
「彼の心が戻りつつあるのだ。我は言ったはずだ。ウサギは彼の一部だと。
ウサギはウサギだけの性格では動かなくなる。お前はどうしたい?」
「・・・僕は僕のウサギを取り戻したい。あの人がまだ居るのなら会ってもいいとは思っている。
あの人は馬鹿だから、一言いってやりたい程度には」
そう言い切ったリーフにルイスは思わず微笑む。これが彼のいう最期という意味なのかもしれない。ルイスにとっても大きな意味だ
った。これでルイスは本当の意味でpielloであることから逃れることができるかもしれないのだ。
「あの彼に大切にされたのだな・・・。お前なら彼からウサギを逃がすことはできるかもしれない。同時に彼を救うことができるかもしれない。
・・・しかし彼を見捨てるかウサギを捨てるかはたった一つしか選べない。どちらも彼だが、お互い不必要なものでしかないのだと我は思う・・・」
統合し、一つになろうとする心を持つ彼と自分の相棒に自分を見てほしいと考えるウサギは対極の存在だった。それを無理に統合させても不都合が出て結局分離する。彼が自分を取り戻すことはできない。
だからウサギを彼に戻す納得させるものを持ったpielloを共に統合する。
「どちらも・・・あいつ?」
「そうとも。ウサギは彼という個人が作り出した人格そのものなのだから」
ルイスは危険思考を常に持つウサギと共にいた。だからこそ分かったともいえる。
「我のウサギを知っているだろう?あれは我と出会った時から、我を殺そうとしたし言う事を聞かなかった。
あれと付き合っていたら仕事にはならない。規律に外れることを好み、我は拒否し続けた。そうしていて気付く。これは人間の理性で押さえつけている部分だけの存在ではないかと。こんな生物がいるのかと。
他のウサギを見ていると本当に面白かった。どれもこれもどこか我らが自分でコントロールできている部分が欠落している。お前のウサギだってそうだ。上手く付き合える者程気付かないとは言うが・・・。皆、彼の一面なのだ」
どちらにしても向こうの世界に行かなくてはいけないだろう。このまま話し続けていても埒が明かない。周囲に弧を描くように傘を回し、呪術を空に書く。
「リーフ、我は向こうへ行く。お前も行くのだろう?」
「だが、ウサギは居ない」
「扉は開けてくれるさ。さっきから彼は我等を見ている。我はほんの少しの手伝いをするとしよう」
空で辿った文字はそのまま円の中に吸い込まれて光を生む。それらは膨大の数となりリーフとルイスを包み込んだ。上空への道が開き、光が吸い込まれるように消えていく。彼の気配に包まれて身体のざわめきが消えない。自分の腕は青褪め拒否反応を起こしていた。
逃げろ逃げろと内部から叫び続けているのを抑え込み、リーフに近付くように手招きする。
「・・・飛ぶようだ」
全身が粟立ち、久しぶりに嘔吐を覚える。ようやくリーフも今の状況に気付いたようだった。普通のpielloならば普通はそうだろう。ただルイス
が異質だっただけで。
「ルイス、吹き飛ばしてもいいから」
何を言われたかは分からなかった。口元を押さえ、人の力に包まれることで耐え難い苦痛に歯を食いしばっていたから、彼の力に包まれ直された
事に気付いたのはだいぶ後だった。今の彼に害はない。何も、自分に何もしようとしていないと言い聞かせて胸に頭を預ける。
身体に回った腕が気を散らすように風が触れては離れることを繰り返していく。
ようやく異空間に飛ぶのを感じ、意識は途切れた。
作品名:laughingstock9-2 作家名:三月いち