laughingstockーerena2ー
此処は風が吹く。生ぬるい風だった。身を起こすことが出来ないリーフはその風に身を任せたまま椅子に座っていた
けれどそれでも良かった。特にする事は何もなかったのだから。
「パパス・・・」
彼女をあの場所から連れ出すことが出来ただけでも命を護ったことになったのだ。
「何・・・?姉さん」
「いいえ・・・幸せだと思っただけ。あの時私が手を離さなければ・・・貴方は死ななかった・・・なんて夢を見るの。この
頃、本当に頻繁に。
おかしいわ。貴方は此処にいるのに」
そういって膝に顔を寄せる彼女に何も言ってあげられなかった。
彼女の精神は元に戻ってはこなかった。リーフを実の弟と思い込み、殆どの時間を眠って過ごす。正気に戻るとリーフにどこまでもお節介をして世話を焼く。
それ以外はこうして眠りに心を委ねている。
彼女の身体が求めているからだろう。
しかしこうして真実の夢を頻繁に見るようになってきていた。もうすぐ彼女の心は現実に戻ろうとしているのかもしれない。
それは喜ばしい事だとリーフは思う。
「エレナ、いつまでも寝てちゃいけないよ」
こうして偶にリーフの言葉で囁く。彼女の反応は今までなかったが今日はこくりと頷いた。
もうすぐ彼女はきっと戻ってくる。この辛い現実に。
リーフは髪を撫でてやりながら自分の限界を知っていた。
恐らく彼女が目覚めたときリーフとしての意識は残っていないだろうと。
鍵を持たないリーフには人形に戻るしかない。
けれどあの時エレナをここに置いて向こうへ戻る気は起こらなかった。此処にエレナを置いたまま戻らないかもしれない場所へ行くことはできなかった。
この選択に後悔は無い。
身体を無理に前に屈ませて彼女の眠る顔に触れる。指で涙を拭い、短い残された時間を共にあることを願う。
「大丈夫・・・もう怖いことは何も無いから・・・」
優しすぎた彼女に届く日が早く来るといい
そんな願いを込めて
この日の当たらない世界で 薄暗いこの部屋でリーフは目を閉じた
作品名:laughingstockーerena2ー 作家名:三月いち