laughingstock6-3
6章3 True2
ルイスの視線の先に現れたのは真紅のリボンを右側の耳と目に巻きつけたウサギだった。巨躯にも構わず、身軽に着地すると迷わず扉の向こうにいたリーフの元へ来た。
そのままエレナを奪い取り、伯爵の方へ振り返る。
エレナはまだ意識が朦朧としているのか身動き一つ取らない。
「ウサギ・・・」
ルイスが低く呟くのを聞いて、はっとしたように伯爵と同様にリーフが彼を振り向く。まるで仇を見るような目で彼はウサギを見ていた。
伯爵を振り返り、人を食ったような様子で口元を歪めた。
「鍵を持ったウサギはまだ来ないようだ。どうする?」
「構わんよ。いずれ来る。此処にはリーフがいる」
その視線の先ははっきりとリーフを映していた。仕方なく身を乗り出してルイスと距離を取った場所で足を止める。
「ベナ公爵、ルイス」
「隠れて聞き耳を立てるのは終わったのか?」
「ああ。・・・僕のウサギを呼ぶことは簡単だが、その前に聞きたい事がある」
「なんだね。リーフ」
本当はもっと早く聞くべきだった事を今問おうとしている。シェロに書物を渡されてずっと疑問に思ったまま心地の良い空間にまどろんでいたのだ。
その時間が無い事を既に知っていたのはリーフ自身だった。
(名も無きウサギが今を望んだとしても、答えがないと僕には返せない・・・)
「ベナ公爵、pielloは何かを調べて知っているんだろう。僕がウサギを呼ぶ代わりに僕に情報をくれないか」
「リーフ、君は全て知っているのではないのか?」
「僕らは何も知らない。ただ仕事をこなすだけだ。貴方に僕を渡す約束は出来ないが、鍵が貴方の手元へ移る事は必然的に僕は貴方の元で生きていくしかなくなるとは思われますがね」
それは全て嘘だった。柩が無いとこの身はやがて腐り墜ちる。心臓は止まり、呼吸をやめてしまうだろう。
そこまで伝えるつもりはなかった。彼はまだ螺子付きのpielloの事をよくは知らないと予想をつける。後はルイスが余計な事を言いさえしなければ良い。
リーフの様子を見ていたベナ公爵は和ませるように目元を緩める。
「何をそれほど警戒をしているんだい?」
「?」
「私は君を傷つけはしない。交換条件にしなくても、焦がれ大切に思う君の願いを私が断れると思っているのかい」
先程自分に執着していると言った男は何処までも優しい瞳をしていた。
その彼をルイスがやはり哀れむように慈しむように見ている。
そんな彼に自分から出た言葉はもっとも凄惨な台詞だった。
「信じられるわけが無い。お前達人間を」
その言葉が自分から出た事に驚いているのは自分だった。同時にああ。と納得もした。自分の中の動揺、興味が何から波及していたかはっきり形になった気がした。
部屋が静寂に包まれる。
ベナ公爵がリーフの前で立ち止まる。
「リーフ、君が欲しいといった。さっきまで無理に君を此処に閉じ込めようとしていた。
けれど、それは君が何処かそれに応じてくれると思っていたからだ。攫めないpielloの君はまた気紛れに私の元にいてくれると。
君の心が拒否しているなら別の話だったな」
呆然と彼を見上げたまま、肩の向こうに助けを求めるようにルイスを見ると彼は首を横に振った。
「リーフ、お前の問題だ。例え決められないように出来ていても今のお前ならできるだろう?
ウサギの支配を逃れた今なら」
「ウサギの支配・・・?」
「気付いていないのか・・・?お前は特にウサギと連結して生きているんだ。言っただろう。
他のpielloより拘束されている。意思も心も人形そのものなんだ。
ウサギがその支配を強くしている。・・・きっと無意識に」
初耳だった。意識した事も無い事を言われても困るとリーフは思う。自分があのウサギを必要とした事も全て最初からプログラムされていたなんて。
あの臆病なウサギが、自分を傷つけるウサギが自分をコントロールしていたなんて。
「嘘だろう・・・ルイス」
真実だと何となく分かっていた。何故なら彼は、ウサギやpielloの元からいなくなったpielloだった。
「長く離れて気付く。今までの癖や人間の頃行っていた事を思い出さなくなっていた。あの世界にいることが当たり前。人間世界に留まるなんて考えもしなかった。
あのウサギが側にいて当たり前。そういう風になっていたと」
「リーフ、彼の言う事は本当だ」
ベナ公爵が後を続ける。
「此処にいるpielloは長くとも1年、短くて数日あの部屋にいる。1年経ってあの部屋から出たpielloは人間そのものだった。
半年でだいぶ記憶を取り戻していたよ。彼らに聞くと、今まで何故pielloになったのか忘れていたらしい」
「ウサギとpielloとは何だ・・・」
打ちひしがれて、震える体を止められないリーフにベナ公爵とルイスは顔を見合わせ、先にベナ公爵が口を開く。
「・・・私が思うに運命共同体なのではないか。pielloとして順応するために、ウサギは必要だ。
ウサギもまた、pielloがないといけないようにできているのだろう。死ぬ時も共にするといわれている。」
「死ぬ時も・・・」
「それは全ての話じゃない。現に我が此処にいる事でそれはありえない。ただほとんどはウサギに引き摺られて死ぬ。
死は決まっているともいえる。向こうの時間で何十年に一度「結合」が起こる時、選ばれたウサギが他に知られることなく消滅する」
「ルイス・・・何なんだ。それは・・・!!!」
ルイスははっと口を押さえる。そして言い過ぎたとばかりに口を閉ざした。
その様子にリーフがこれ以上知ることはできないと気付いた。
ただ、混乱していた。
これが自分の知りたかった事か。あのウサギを解放する方法を考えていた自分がおかしかったのか。役目に縛られて自分を責める自分のウサギはリーフを支配するためにリーフを縛り付ける演技だったというのか。
「名も無きウサギ・・・来い」
静かにその名を呼んで手を空へ伸ばす。
それに答えるように空間が歪んだ。
自分のよく知るウサギが姿を現しても声を掛けることはできなかった。ただ黙っているしかできなかった。
不思議そうな困ったような意識が流れ込んできたから、安心させるように笑ってみた。
けれど余計に不思議な意思が入ってくる。
何も考えたくなかった。彼に読まれるのは避けたかったから。
このウサギだけに浮かび上がる感情も全て自分から生まれるものでは無かったなら。
もう自分のものは、何も無い・・・・?
「なんでもないよ。名も無きウサギ。それより、伯爵が君に用があるんだって。
君だって用があるんだろう?ずっと燻っていたみたいだから」
名も無きウサギが頷くのを見て、リーフはことりと扉に凭れ掛かった。思い出してエレナの方を見ると先程までいた場所に二人はいなかった。
エレナに聞きたい事はあったが、戻ったのならまた次の機会にしようと思う。
伯爵に近付いていくウサギ。
「名も無きウサギ、先に僕を飛ばしてくれる?「彼」に逢いに行く」
ルイスの視線の先に現れたのは真紅のリボンを右側の耳と目に巻きつけたウサギだった。巨躯にも構わず、身軽に着地すると迷わず扉の向こうにいたリーフの元へ来た。
そのままエレナを奪い取り、伯爵の方へ振り返る。
エレナはまだ意識が朦朧としているのか身動き一つ取らない。
「ウサギ・・・」
ルイスが低く呟くのを聞いて、はっとしたように伯爵と同様にリーフが彼を振り向く。まるで仇を見るような目で彼はウサギを見ていた。
伯爵を振り返り、人を食ったような様子で口元を歪めた。
「鍵を持ったウサギはまだ来ないようだ。どうする?」
「構わんよ。いずれ来る。此処にはリーフがいる」
その視線の先ははっきりとリーフを映していた。仕方なく身を乗り出してルイスと距離を取った場所で足を止める。
「ベナ公爵、ルイス」
「隠れて聞き耳を立てるのは終わったのか?」
「ああ。・・・僕のウサギを呼ぶことは簡単だが、その前に聞きたい事がある」
「なんだね。リーフ」
本当はもっと早く聞くべきだった事を今問おうとしている。シェロに書物を渡されてずっと疑問に思ったまま心地の良い空間にまどろんでいたのだ。
その時間が無い事を既に知っていたのはリーフ自身だった。
(名も無きウサギが今を望んだとしても、答えがないと僕には返せない・・・)
「ベナ公爵、pielloは何かを調べて知っているんだろう。僕がウサギを呼ぶ代わりに僕に情報をくれないか」
「リーフ、君は全て知っているのではないのか?」
「僕らは何も知らない。ただ仕事をこなすだけだ。貴方に僕を渡す約束は出来ないが、鍵が貴方の手元へ移る事は必然的に僕は貴方の元で生きていくしかなくなるとは思われますがね」
それは全て嘘だった。柩が無いとこの身はやがて腐り墜ちる。心臓は止まり、呼吸をやめてしまうだろう。
そこまで伝えるつもりはなかった。彼はまだ螺子付きのpielloの事をよくは知らないと予想をつける。後はルイスが余計な事を言いさえしなければ良い。
リーフの様子を見ていたベナ公爵は和ませるように目元を緩める。
「何をそれほど警戒をしているんだい?」
「?」
「私は君を傷つけはしない。交換条件にしなくても、焦がれ大切に思う君の願いを私が断れると思っているのかい」
先程自分に執着していると言った男は何処までも優しい瞳をしていた。
その彼をルイスがやはり哀れむように慈しむように見ている。
そんな彼に自分から出た言葉はもっとも凄惨な台詞だった。
「信じられるわけが無い。お前達人間を」
その言葉が自分から出た事に驚いているのは自分だった。同時にああ。と納得もした。自分の中の動揺、興味が何から波及していたかはっきり形になった気がした。
部屋が静寂に包まれる。
ベナ公爵がリーフの前で立ち止まる。
「リーフ、君が欲しいといった。さっきまで無理に君を此処に閉じ込めようとしていた。
けれど、それは君が何処かそれに応じてくれると思っていたからだ。攫めないpielloの君はまた気紛れに私の元にいてくれると。
君の心が拒否しているなら別の話だったな」
呆然と彼を見上げたまま、肩の向こうに助けを求めるようにルイスを見ると彼は首を横に振った。
「リーフ、お前の問題だ。例え決められないように出来ていても今のお前ならできるだろう?
ウサギの支配を逃れた今なら」
「ウサギの支配・・・?」
「気付いていないのか・・・?お前は特にウサギと連結して生きているんだ。言っただろう。
他のpielloより拘束されている。意思も心も人形そのものなんだ。
ウサギがその支配を強くしている。・・・きっと無意識に」
初耳だった。意識した事も無い事を言われても困るとリーフは思う。自分があのウサギを必要とした事も全て最初からプログラムされていたなんて。
あの臆病なウサギが、自分を傷つけるウサギが自分をコントロールしていたなんて。
「嘘だろう・・・ルイス」
真実だと何となく分かっていた。何故なら彼は、ウサギやpielloの元からいなくなったpielloだった。
「長く離れて気付く。今までの癖や人間の頃行っていた事を思い出さなくなっていた。あの世界にいることが当たり前。人間世界に留まるなんて考えもしなかった。
あのウサギが側にいて当たり前。そういう風になっていたと」
「リーフ、彼の言う事は本当だ」
ベナ公爵が後を続ける。
「此処にいるpielloは長くとも1年、短くて数日あの部屋にいる。1年経ってあの部屋から出たpielloは人間そのものだった。
半年でだいぶ記憶を取り戻していたよ。彼らに聞くと、今まで何故pielloになったのか忘れていたらしい」
「ウサギとpielloとは何だ・・・」
打ちひしがれて、震える体を止められないリーフにベナ公爵とルイスは顔を見合わせ、先にベナ公爵が口を開く。
「・・・私が思うに運命共同体なのではないか。pielloとして順応するために、ウサギは必要だ。
ウサギもまた、pielloがないといけないようにできているのだろう。死ぬ時も共にするといわれている。」
「死ぬ時も・・・」
「それは全ての話じゃない。現に我が此処にいる事でそれはありえない。ただほとんどはウサギに引き摺られて死ぬ。
死は決まっているともいえる。向こうの時間で何十年に一度「結合」が起こる時、選ばれたウサギが他に知られることなく消滅する」
「ルイス・・・何なんだ。それは・・・!!!」
ルイスははっと口を押さえる。そして言い過ぎたとばかりに口を閉ざした。
その様子にリーフがこれ以上知ることはできないと気付いた。
ただ、混乱していた。
これが自分の知りたかった事か。あのウサギを解放する方法を考えていた自分がおかしかったのか。役目に縛られて自分を責める自分のウサギはリーフを支配するためにリーフを縛り付ける演技だったというのか。
「名も無きウサギ・・・来い」
静かにその名を呼んで手を空へ伸ばす。
それに答えるように空間が歪んだ。
自分のよく知るウサギが姿を現しても声を掛けることはできなかった。ただ黙っているしかできなかった。
不思議そうな困ったような意識が流れ込んできたから、安心させるように笑ってみた。
けれど余計に不思議な意思が入ってくる。
何も考えたくなかった。彼に読まれるのは避けたかったから。
このウサギだけに浮かび上がる感情も全て自分から生まれるものでは無かったなら。
もう自分のものは、何も無い・・・・?
「なんでもないよ。名も無きウサギ。それより、伯爵が君に用があるんだって。
君だって用があるんだろう?ずっと燻っていたみたいだから」
名も無きウサギが頷くのを見て、リーフはことりと扉に凭れ掛かった。思い出してエレナの方を見ると先程までいた場所に二人はいなかった。
エレナに聞きたい事はあったが、戻ったのならまた次の機会にしようと思う。
伯爵に近付いていくウサギ。
「名も無きウサギ、先に僕を飛ばしてくれる?「彼」に逢いに行く」
作品名:laughingstock6-3 作家名:三月いち