形のない形
それはもっともだと俺も思ってるよ、と言おうと思ったがやめた。言葉の端に俺のことを心配する気持ちが見て取れたから。
「心配かけてすまない」
「……俺に謝っても仕方ない。それより浅野さんだったな。一緒に住んでる。その人に同情するね」
「忍。さっきからそんなことばっかり。それに浅野さんは恋人なんだから迷惑とは思ってないかもよ」 銀次が口をはさむ。
「まぁ、それは二人のことだからいいさ。でも、これからその身体だと大変だ」
「それは覚悟の上だ」
俺ははっきりと答えた。
「それより、仕事中に見舞いに来てもらって悪かったな」
「俺は営業だからな。仕事さえしてりゃ、多少フラフラしてても文句は言われないさ。しかもこの病院近辺は俺の営業エリアだしな」
「二人とも、林檎剥いたの食べなさいよ」
さっき銀次に剥いてもらった林檎を忘れるところだった。俺は遠慮なく皿から林檎を取り口に入れる。
忍も「ああ」と言いながら手にとる。それを見て、銀次も「それじゃワタシも」と皿に手を伸ばした。
しばらくの沈黙の後、
「そうだ。忘れるところだった。見舞いだ」
忍は御見舞と書かれた封筒を差し出す。友人の見舞いに現金とは実用本位で真面目な忍らしい。
「ま、友だちのお見舞いに封筒って……」
それを見た銀次がすかさずツッコミを入れる。
「これが一番実用的だろ。必要なものに使ってくれ」
銀次の言葉を気にする風でもなく言葉を続ける。
「ありがたく」 といって受け取る。
昔から忍の優しさは不器用だけど、俺は誠実ってこういうのを言うんだろうと思う。忍の奥さんは幸せ者だなと思ったりした。新婚なのだ、忍は。
「でもさぁ、慶嗣って突拍子もないこといっつもするよね」 銀次が言う。
「何が?」
「浅野さんと一緒に住むって聞いたときもびっくりしたもの」
「確かに」 と、忍が頷く。
「どうして?」
「普通男だとは思わないじゃない」
「そうか?」
「ま、こういう奴だからな……」
「そのお陰で飽きないですむけど、今回のはちょっと……」
と言って、銀次は俺の左腕を見る。ため息までつかれた。
「元々こういう体だったと思ってくれればいい」
「思える訳ないだろバカ」 忍に間髪入れずに言われる。
「仕事はどうするワケ?」
「ん? やめざるを得ない。かな。やっぱり」
これについては本当に仕方なく、だ。
「……それでいいの?」
「いいも悪いも仕方がない。腕のないモデルなんていないからな」
まだエージェントと話はできていないけど、おそらく契約破棄だろう。
「アンタにとっては仕事よりその腕の方が大事だったってわけね。その自分に忠実な生き方にはいっそ感心するけど。でも、納得はいくものじゃないわね」
そんな格好のいいものじゃない。どちらかしか選べないから仕方なくだ。そう思いながら自嘲した。
「厄介な奴だよお前は」
忍の言葉には全面的に「そうかも」と返すしかない。
「大変なことがあったら手伝うから何でも言ってね」
「まぁ、大事にな」
という言葉を残し、二人は帰っていった。隆弥さんとは違う励ましに心が温かくなるのを感じる。
その後も何人か連絡をした友人が来たが、それぞれ励ましやら見舞いの言葉を残していった。つくづく友人はありがたいと思う。
だが、一番知らせるのが辛い親にはまだ連絡をしていない。
モデルエージェントの喜吉さんにも電話で入院したことは連絡した。今回のコトは計画的だったので、仕事にも影響が出ないよう、一応仕事の区切りが付いている時期のことだった。だが、これからの仕事のことは俺にはどうしようもないと行動に及んだので、その件では当然迷惑をかけることになる。入院の原因を話すと、絶句していた。そりゃそうだろう。来てくれると言っていたのでその時に話になるだろう。
「迷惑をかけるつもりはなくても、迷惑だよな」
隆弥さんが家から持ってきてくれた入院用具一式の中には iPod nano も入っていた。因みにカラーはブルーだ。
イヤフォンを耳に当て、お気に入りのケニー・Gを聴く。サクソフォンの音色がちょっと波立った心が落ち着かせていく。
ドアをノックする音がして、入ってきたのはエージェントの喜吉《きよし》さんだった。
喜吉さんは男前なのに少しメタボではないかというお腹をしていて中々愉快な人だ。もう少しスリムになればカメラの前に立てるんじゃないかなと思うけど、そんなことには興味のない人なので、身だしなみ以外には無頓着なようだ。
「喜吉さん。わざわざ来ていただいてすみません。……ご迷惑をおかけすることになって」 ベッドの上で頭を下げる。
「西雲君。どうしてこんなことにとしか言えないけど……体調はよさそうだね」
「はい。おかけざまで。でも本当にすみません」
「まぁ、謝ってもらってもどうしようもない。とりあえずね、表向きには事故ということにしよう」
確かに自分で腕を無くしましたとは対外的には説明しにくいだろう。
「俺、もう仕事は無理ですよね?」
「……まぁ、そうだね」
「………」
「君はまだこれからこの業界でやっていける実力があったのにどうしてこんなことを……」
この質問に関してはどう答えても理解してもらえないだろう。「人はどうして病気になるのか」という質問に答えるのと同じようなものだ。
「これが本来の俺なんですよ。理解してもらえるとは思ってないですけど」
「本当にわからないよ。この仕事は、やりたい気持ちだけじゃできない。限られた人間にしかできないのにもったいない」
「すみません」
俺はこれから何度「すみません」と口にするのだろうと思ったが、これが俺がやってしまったことへの客観的な言葉なのだろう。
「それで……契約は破棄というのが、上の判断だったよ」
「そうですか」
「餞《はなむけ》というわけじゃないけど、お見舞いには花を持ってきた」
喜吉さんなりの励ましのつもりなのだろう。洒落にもなっているのかもしれないけど。ひまわりのグラスブーケだ。ひまわりは好きな花なので単純にうれしい。
「ありがとうございます」
「これから、どうするんだい?」
「まだ、はっきりとは決めてません。でも、この仕事になにか関係のある仕事ができればいいなとは思います」
「そうか。僕で協力できることがあるなら力になるよ」
「ありがとうございます」
それが社交辞令でもこんな俺に掛けてもらうには過分な言葉だと思う。