雑貨屋とらば
アクセラ通りを真っ直ぐ歩き、不良警官の溜まり場であるバー「煉獄」が見えたら二本先の角を右に曲がり、無駄に長い坂道を登る前に左、そこにある古ぼけた、良く言って歴史を感じさせる黒く汚れ看板も右肩下がりの店がある。それが、雑貨屋とらばだ。
店長が今のデュオ・トラヴァッシュに変わってから外観は一層汚くなったが、店内の品揃えは無駄に増え、「チョコレートから堕胎剤までなんでも」をモットーに手広く扱っている。
今日もそんなわけで、物好きあるいは切羽詰って藁をも縋る思いの子羊が迷い込んでくる。
裏口から荷物の山を崩さないように慎重に運びこむ。代替わりしたから商品が増えた、とは言うがその実単に片付けが苦手なだけなのでは、と思いながら足場を確保しながら、
「デュオ。これはどこに運べばいい?」
店内の商品の賞味期限や使用期限をチェックして回っているエプロン姿の銀髪に、声をかける。
「その辺適当に置いといて」
こちらを見ずに返事が返って来る。
「ナマモノもあるぞ?」
「あー、それはオレの菓子だから」
奥のデスクか、キャッシャーの横に置いとけ、と。
「いや、やっぱいいや」
そう言って、デュオは近づいて来る。それを見て、両手の荷物を手放す。もちろんのように、荷物は地球の重力に引かれて落ちていく。確か、落下速度の公式は、t=√2s/gだっけか? すると、これが地面に落下するまで……
「手離すの早すぎない?」
俺の腰辺りに銀のブレードが伸びて、落とした荷物をしなりながらも受け止めている。
「問題ないだろ、結果的にも」
そう言って、俺はまた裏口に戻っていく。昼までに今日の分を店に入れておかないと、不良警官達に無駄なチップを渡さなくちゃならなくなるから。
「お前も手伝えよ。そもそも、お前の店なんだから」
「じゃあ、お前。オレの変わりにチョコレートの味見すっか?」
銀色の瞳で睨みつけてくる。
「そもそも、その手の商品を扱わないようにするから問題ない」
当たり前だろう、そんな身体に悪いモノを好んで嗜む奴の相手なんて御免被る。
とらばの現店長デュオ・トラヴァッシュ。
銀髪銀眼の自称美男子。死蝋のような濁った白い肌に、銀の爪。どっからどこまで銀に犯されたようなこの男は、煉銀術師という異端の技術者でもある。
さっきのような、一瞬で銀のブレードを伸ばすような銀の扱いに関しては、その他の細工師の追随を許さない。
そんな彼が、昼はこの店で働いているという事は、この店もまともでない。
もちろん、来る客の大半はまともでない。だから、俺は店の商品には触れないように努力はしている。クソ真面目な警察のマークもあるし。
「馬鹿だなぁ。売り上げアップには欠かせない商品じゃないか」
金が要るのはお前だけだろう。正確には、姉のソロか。
雇われだから文句は口に出さないが、
「態度に出てるっつーの」
軽口を叩きながら、ブレードを器用に操り、荷物を手元に手繰り寄せる。荷物をしっかりと手に持つと、それまでブレードを形成していた銀は店内に四散する。
この店自体が、デュオの武器であるのは疑いようが無い。が、俺には脅威になり得ない。
それより、さっきから目の前でオドオドしている女学生を無視するのをそろそろやめないか?
「えー、だって冷やかしかと思ったんだもん。お譲ちゃんもケーキ食べる? 薬局スペシャル」
そう言って、またどこからか銀のフォークを取り出す。先端を少女の首筋に向けて。
「えっ、あの。その……」
「食べるの? 食べないの? それとも、食べられたいの?」
デュオは息がかかるほど近くまで顔を寄せ少女の返事を待つ。このままだと気が向いたから、の一言で少女の首筋に噛み付きかねない。
「じゃ、俺は仕事に戻るぞ」
あら、残念、と。デュオは少女から離れる。
「あの場面は君が止めに入ると思ったのに」
そう言って、ケーキ箱を育毛剤の棚の横に置いて、態度を改める。
「ようこそ、雑貨屋とらばへ。ここでは、チョコレートから堕胎剤まで何でもござれをモットーに、貴女の望みを叶えましょう」
透き通る声で、まともに考えたら危ない事をさらっと言ってのける馬鹿を無視して引っ込む。
仕事はまだまだ山積みだ。