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優灰色のモノクローム

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* * *


 ――君の声が聞こえる。

 やわらかな旋律だった。
 大地を潤す雨よりも、その果ての清々しい風よりも穏やかでやさしい。
 道端の紫陽花はまだ白色で、あの株は何色に染まるのかしら、と君が笑ったのを思い出していた。あれは昨日だったか、それとも前の夏だったか。僕はつられるように微笑んで、君の手を取る。

 君のぬくもりを感じる。
 冬の日差しも春の陽気も比べ物にならない、何よりも僕の心を晴らす体温。手を離したあとも忘れられない、すぐに恋しくなる温かさだ。

 ああ、これは夢だ。僕は灰色の世界で目を閉じる。
 幸せを噛み締めていた。味気ないビニールの傘を、君の空色の傘に並んで開くのを嬉しく思いながら。この無感情を君は残念がるけれど、その表情の変化を眺めるには透明でなくてはいけなかった。だからその実、僕はこの傘を気に入っている。

 幸せで、視界が滲む。

 風は冷たく、力任せに叩きつけた拳はじりじりと痛い。意識して曲げた指は動くから、折れていることはなさそうだった。
 涙は出ない。だってこれは夢でしかないのだから。

 そう――これは、夢だ。 
 僕の名を呼ぶ声がしない。振り向いても君は居ない。
 残されたのは君の身に着けていた指輪ひとつ。それを痛む右手で握り締める。手のひらに届く金属の冷たさが、これは夢だと教えてくれた。

 これは、夢だ。夢でなければいけない。
 目覚めれば明日も、あの日と変わらずに君は笑ってくれるはずだから。

 僕の名を呼ぶ君、僕の手を取る指先。
 薄れていく君の顔。次第に思い出せなくなる、大好きだった君の声。

 道端の紫陽花はまだ白い。君が戻るまで、あの色が変わることはないだろう。
 もう二度と。
 僕の時間もまた、動くことはない。


 だからこれは、現実ではないんだ。

                                                   終