Loop02
買い込んだ靴と洋服でショップ袋がずっしり重い。けれどもそんなの気にならない。たんとんたん、ミュールの底で、雨上がりのアスファルトを蹴っ飛ばす。
帰り道、自分の隣に誰かが居て家まで送ってくれるだなんて、たぶん前の彼氏と別れて以来だ。そこまでぼんやり考えて、やっぱりやめにした。
今はつまんないことはなし、なし、なし!
駅からちょっぴり遠いあたしの家までを、七原はちゃんと覚えてる。素敵な秋服もいっぱい買えたし、ネイルのマットなオレンジは、店員さんに誉められた。今日はすっごく調子がいい。今のあたしは最強無敵だ。
楽しい気持ちで坂道をのぼる。雨上がりの空気がちょっとだけ肌に重いけど、今日は特別許してあげる!
Side:Katagi
道の途中で傘を振り回す制服姿の女の子たちとすれ違った。ブラウスとニットに膝上十五センチのプリーツスカート、イーストボーイの学生カバンと紺色のハイソ。
あたしがあんな風にして、まるで世界はぜーんぶあたしのもの!みたいな顔しながら歩いてたのなんて、ほんのちょこっと前のことなのに。
なのになんだかその光景が、すごく昔のことみたいに思える。
あの頃はあたしなんか全然メイクもしてなくて、七原なんかもっと酷かった。私服なんて、ジャージとジーンズとパーカーさえあればいいと思っていたに違いない。
思い出したらおかしくなって、あたしはくすくす笑ってしまう。あの七原だって今はちゃあんとどこからどう見たって女の子だ。今年流行のだぼっとしたトップスが、ほっそりとした七原のからだを余計にほっそり見せている。
すごくよく似合ってる!
なんだか誇らしい気持ちになって、またあたしはくすくす笑ってしまった。だって、嬉しい気持ちが止まらなかったら絶対あたしは笑っちゃう。
あたしのちょっぴり前を歩いている七原が、片木さん、なに笑ってんのー、不思議そうにして振り返る。
「なんでもなーい!」
「えー?」
大きく手を振り上げて叫んだら、ちょっと不満げに返された。七原の眉が八の字になってる。うなだれたおっきな犬みたい。
あぁもう、ほんっと七原ったら可愛いんだから!
七原は絶対犬か猫かっていったら犬だと思う。毛の長くって、わふわふしてるおっきいやつ。抱きしめるとあったかくって、いいにおいがするの。
あたしにはとっても大事なものがおおくって、七原も蓮見もみんな可愛い。みんな大好き。それって、すっごく幸せなこと。
あたしはあたしの大事な人たちに、すごく、すっごく満足してる!
西にとっぷり日が暮れて、空は綺麗なオレンジ色。七原とあたしの黒い影が、長く後ろに伸びていく。駅前からこっちしばらくは、延々伸びる上り坂だ。
「カントリーロード、このみーちー」
腕を広げてやじろべえみたいに微妙なバランスを取りながら、ゆるやかな秋風を両手に受けて、七原のやさしい声が聞こえてくる。
機嫌が悪いとすぐに低くなる、だけど普段はとっても柔らかい七原の声。あたしの大好きな七原の声だ。
「ずっとーゆけばー」
「懐かしい!耳をすませば!」
金曜ロードショーでお馴染みの、みんなが知ってるジブリのアニメ。あたしも七原もジブリは大好き。
最初に見たのは小学校低学年のころで、あたしは中学生になったらみんなこんな風に素敵な、どきどきする、一世一代の恋をするものなんだと思ってた。
雫ちゃんは可愛くて、聖司くんはかっこよくって、愛し合う二人は自転車に乗って坂道を一生懸命あがるのだ。雫ちゃんはよろよろする自転車にはらはらしながら、聖司くんは必死にこぎながら。
自転車に二人乗り、がこんなに美しき青春の象徴になってるのは、絶対耳すまのせいだと思うんだよね、あたし。
いつの間にかあたしはそんな二人の年齢をとっくのとうに追い越して、それだけじゃなくって、色んな恋物語や冒険潭の主人公たちの、そのほとんどの年齢を越えてしまったんだけど。
……実のところあたしが中学生のころ、あたしは雫ちゃんになって男の子の自転車に二人乗りするよりもずっとずっと、魔法学校の生徒になったり、海賊になってお宝を探しに行ったり、おっきな剣を背中に背負ってどきどきするバトルに頭から突っ込んでみたかった。
今のあたしはいいとこつまんない恋愛小説の脇役だ。こんなの全然つまんない!
「あたしねー、結構最近までカントリーロードって国の道だと思ってた!」
「違うの!?」
「違うし!カントリーって田舎だし!なにそのボケ殺し!!」
「うっそマジで?あたし今まで国道だと思ってた」
「また一つ賢くなったね七原っ!」
びっくりまなこの七原の頭を、いいこいいこーって撫でてやる。やめろよ片木さんって言いながら、七原がほんとはちっとも怒ってないのがわかるから、あたしはやっぱり嬉しくなって、ますます七原の髪の毛をぐっしゃぐしゃにかきまぜる。
五条や湊みたいにワックスなんかつけてなくって、久米や紺野みたく染めてもいない。七原の髪の毛は気持ちがいい。とっても上等な毛並みをしてる。
あぁもう、とうるさそうにあたしの腕を振り払った七原が、お日様にあったまったアスファルトを蹴って走り出す。トップスが風を受けてはたはたはためく。
翼みたい!
スニーカーじゃなくてパンプスになった足下は、それでも踵の高い靴が苦手な七原がちゃんと残してる正直だ。
みるみるうちに、七原の背中が遠くなる。健康な二本の両足で、七原はぐんぐん風をきって進んでく。勾配のきつい上り坂でも七原の速度はゆるまない。
聖司くんは居なくても、乗せてくれる自転車がなくても、あたしたちは走れる。
まだまだ全然遠くに行ける。自分の足で地面を蹴って、きっと世界の果てにだって行ける!
あたしがやろうと思ったら、今からだっておっきな剣をこの背に負うことができるのだ。素敵な仲間は嬉しいことに、両手に余るほど揃ってる。
そう思ったらなんだか胸の奥が熱を持って、ぎゅーっとなった。
やっぱりあたしは世界一の幸せものなんじゃないかなぁ!
雫ちゃんと聖司くんの自転車じゃ、絶対登れない坂だって、あたしと七原なら登れちゃうんだから。
とっても誇らしい気持ちになって、あたしもお腹に力をこめて、勢いをつけてアスファルトを蹴った。
ミュールの踵も気にならない、今日のあたしは誰にもまけない!
登りきった坂の頂上で、真っ赤な夕焼けを背負った七原が振り返る。細いシルエットがきれいに浮かぶ。
夕焼けだったら明日は晴れって、そういえば小学校のときに習ったっけ。
「片木さぁーん!」
両手を口にあてて、くしゃくしゃにした笑顔で七原が叫ぶ。帰り道のサラリーマンが、びっくりしたみたいにこっちを見てる。
「結婚しよう!!」
げらげら笑って七原が言うから、いいよー!って大きく叫び返した。
雫ちゃんと聖司くんより、こっちの方が百倍素敵!!