流星群
キラキラと光りを溢して
流れ落ちていく
どこへ?
わからない。
ただ落ちていく。
いや、
落ちているのか
上がっているのか
はなはだ判断しかねる
ボクが落ちているのか
星が落ちているのか
「タケト」
声がする。
「愛してる」
ぎこちない声。
「あいしてる」
ボクは答えない。
「アイしてる」
答えられない。
だって、ボクは――
流星群
星と一緒に、ボクはベッドから落ちた。
夢だと理解するのに時間はかからなかった。痛みが最優先で眼に訴えてくる。水分がぼろぼろ外へ放出される。不可抗力。痛みには抗えない。
くらくらとする頭を押さえながら起床。相当、床に勢い良くぶつけたようだ。そこまで寝ぞう悪かったか? 自問自答。
さて痛みはひき、のっそりと立ち上がる。時計は3時半。明け方の夜。朝ではない。暗いのでそれは理解していたのだが、時間を確認してはカーテンを開けてみる。
黒い中に白い粒。キラキラ。
日付の確認7月8日。ああ、昨日は七夕か。なんて、一人ごちる。
「タケト」
不意に夢と同じ声が聞こえた気がした。夢に暖かいも冷たいも音があるとかそんなわけないのに。
けれど、ボクは振り返る。
確信があったわけではない。いわば条件反射。呼ばれたから振り返る。
ボクの部屋には、当たり前のごとく、ボク一人。家族は寝静まり。隣の部屋の姉もきっと寝てる。
静かに佇むはベッドや棚たちのみだ。それ以外空気しかない。
「タケト」
声はどちらかというと、中性的。女性にしては低いような、男性にしては高いような声。
「誰か、いるのか?」
じわりと変な汗が出てきて、背筋に冷や汗が流れる。幽霊とか超常現象とかその類には今まで出会ったことはない。むしろそうものには疎いほうだ。
「タケト」
何なんだ。ボクの名前を呼ぶばかりで、その正体を晒さない何か。聞き間違いなのだろうか? いや、それにしてはやけにはっきりと明確に耳に届いている。
ぐるりと顔と身体を使って自室を見渡す。何の変哲もない、ずっと暮らしてきたただの部屋。
家具。ベッドに棚に机に……あれ。何か足りない?
「タケト」
ぞわぞわと這い上がってくる何か。心臓をわしづ噛まれたような感覚に、動悸がする。声は、声が、迫ってくる。責め立てる。
名前を一定の音で呼ばれているせいだろうか。いまだ夢の続きを見ているのだろうか。
「――っ」
じっとりと汗で肌に張り付くTシャツ。眩暈がする。
「タケト」
五月蠅い。五月蠅いが、そう叫ぶ気力がない。
なので、無理やり眼の前の違和感に集中するのだ。何が足りないのか何がないのか。
声の正体はこの際、どうでもいい。
「タケト」
「あ、」
午前三時。朝で夜。丑三つ時。窓の外は天の川が良く見える今日は七夕の次の日。
暗い部屋は、暗いまま。ボクはある一点を凝視する。
「ない」
黒い洞。
「タケト」
声も心なしか、そこから聞こえてくるかのようだ。ボクが思い込んでるだけかもしれない。
本来ならば、平常通りならば、洞のところにあるはずだったもの。
扉。
隣の部屋で寝ているはずの姉や階下で寝ているはずの父と母。そこへ続く手段。道。扉。それが黒い洞に、なっている。
「タケト」
恐る恐る、近づく。本当なら近づきたくないんだ。正しい選択肢は、きっと窓を開ければいいんだろう。
だけど、
「何だか、知らないまま逃げるのは、気になるよな。追々」
そんな理由。軽はずみなのはわかっている。
「タケト」
「それでも、ボクを呼んでるんだったら、行くしかないだろ?」
と、自分に言い聞かせる。タケト、なんてそこら辺にいる誰かにも当てはまりそうな名前なんだけど。
この部屋で、ボクの名前で、呼ばれているならボクしか居ないわけで。だからボクにはこの洞に手を突っ込む理由になる。
「うざいぐらい熱烈に呼ばれたら、その先が気になるじゃないか」
なんて。自分を奮い立たせる。
洞の眼の前まできた。
「……っ、覚悟を決めろ。ボク!」
意気込んで、勢いよく洞に右手を突っ込む。
それが、ドッキリで、実は張りぼてでガツンと勢いよく右手を殴打!
隣で寝ていた姉が爆笑して種明かし。「実はまだ夜の12時なんだよ!」といって、正しい時間を刻む時計を出して張りぼてをどかして扉のところから顔を出す。
「せっかくの七夕なのに、それらしいこともしなかったんだからせめて何かしようと思って」
可愛くもないのに「てへっ」と言いながら片づけ始める。
だったら、どんなに良かっただろう。
「タケト!」
捕まれた。
声も心なしか、鮮やかになった気がした。
けれど、僕にはそんなことを気にする余裕はなかった。
掴んできた何かは、ボクの腕を引っ張る。まるで綱引。しかし、捕まれたという衝撃でいともたやすく洞へと引きずり込まれる。
焦って踏ん張るも、下のほうに引っ張られる感覚にずるずる半身が引き込まれていく。
「なにっ」
「タケト、タケト!」
声が、 近く、
「すん、だっ!」
呑みこまれる。
呑みこまれた、と思ったときにはもう全てが黒に包まれた時だった。
「タケト、アイシテル!」
それなのに声だけがやけに耳に残った。