Rainy Rainy Afternoon
その少年は愛用のイスに腰掛け、足を組んで読書に没頭していた。ストーリーが気に食わないのか、それとも不快なシーンでもあったのか、黒い目は眇められ、眉間には『川』の字が描かれている。一見すれば、不機嫌という名以外つけられないであろう表情。しかしながら彼がこうなのは今に限ってではない。あんな時やこんな時、言ってしまえばほとんどの場合に於いて、彼の眉間には川が刻まれるのだ。
「珈琲、おかわり要りますか?」
珈琲カップを持って口に運んだ瞬間を狙ったように、背後から掛けられる聞き慣れた声。振り返って存在を確認し、更に手元の珈琲がすっからかんだということも確認。ポットを持って来た同居人に無言でカップを差し出して、無声『おかわり』。
そんなぶっきらぼうというよりも半ば乱暴な対応にも、彼女は微笑み一つだけ返してカップに珈琲を注ぐ。そして彼がそれを口に運ぶのを、嬉しそうに眺める。
「味の方どうですか?」
「まあまあ」
「雨、いつ止むんでしょうね」
「さあ」
相手はまるきり会話をする気がない返事なのだが、彼女は気分を害する事もなく喋り続ける。彼の方も本から目を離さずに、しかし黙れと言うわけでもなく適当な相槌を打っている。いつもと同じ、彼らの静かな午後。
「何読んでるんですか?」
「本」
「どんな内容ですか?」
「経済」
「相変わらず難しいの読んでるんですね」
「別に」
進展のない会話にそれでも満足したのか、彼女は自分のカップにも珈琲を注ぐと黙って隣の椅子に座った。部屋の中には雨が大地を叩く音だけが響く。時折、ページを捲る音と珈琲を啜る音。そのほかには何も無い。
無音の空間。白色の空。降り注ぐ銀糸。美しく、そして儚い時間が、ゆるゆると過ぎていく、透明な午後。
雨はまだやまない。
作品名:Rainy Rainy Afternoon 作家名:蒼井