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せき あゆみ
せき あゆみ
novelistID. 105
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つきゆめ草の咲く丘で

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夕べ、こわーい夢を見たって、おばあちゃんに言ったら、こんなおまじないを教えてくれた。
「悪い夢はバクにあげます」
 これを三回いえば、わたしに悪いことが起きないんですって。バクっていう動物がその夢を食べてくれるから。
 どんな動物か図鑑で調べてみたら、なんだかあんまり強そうな動物じゃないみたい。こんなんじゃ、悪い夢を食べたらきっとお腹をこわしちゃう。
「どうか、バクさんがお腹をこわしていませんように」
 お礼のつもりで枕元にお腹の薬を置いて、わたしはベッドに入った。
 すると次の朝、枕元に置いた薬ビンの下に『ご心配は無用です』というメモが置いてあった。

 それから少したった夜。
 なかなか眠れなくて、ふとんの中でごろごろしていた。そのうちに、満月が空のてっぺんにかかる時間になっちゃった。
 真夜中の満月は、ちょっとこわい。
 じっとながめていると、きらきらきらきら、光が粉のようにでてきたと思ったら、それが動物のような形になって、ぐんぐんわたしにせまってきた。
 頭の中がまっ白になって気が遠くなっちゃった。
「くみちゃん、くみちゃん」
 呼ばれて目を覚ますと、鼻が中途半端に長い、へんな動物がわたしを顔をのぞきこんでいるので、びっくりしちゃった。
「ぼくはバクです」
 ああ、そうだった。図鑑で見たっけ。わたしのどきどきは少し止まった。
「くみちゃん、ぼくの心配してくれて、どうもありがとう」
「もしかして、あなたがわたしの夢を食べてくれたバクさん?」
「はい、そうです。くみちゃんにぼくのことを知ってほしくてここまできてもらったんですよ」
(え? おうちじゃないの?)
 あわててあたりをみまわすと、そこは見たこともない丘の上、しかも下の方まで見渡す限りのお花畑。
「うわああ、きれい」
 見たこともない花が一面にさいているので、すごくわくわくしちゃった。
「どうです。すてきなところでしょう?」
 バクさんはちょっぴりとくいそうに、鼻をつんと上に向けたの。そのしぐさがおかしかったので、わたしはこっそり笑っちゃった。
「でも、ここはどこなの?」
 バクさんはにっこり笑ってわたしの肩に手を置くと、やさしい声で言った。
「ここは月のうらがわなんですよ」
 びっくりして声も出ないわたしにかまわず、バクさんはお花畑のことを説明してくれた。
「これはつきゆめ草っていうんですよ」
 この花は絶対に枯れないで、肥料も水もいらないんですって。
「この花は、ぼくたちの仲間が人間の悪い夢を食べてきて、そこからうまれた種をまいてできたんですよ」
「すごーい。でも、悪い夢なのにこんなきれいな花が咲くの?」
「ぼくたちが食べた悪い夢は、おなかの中でゆっくりこなれるんです」
 人間の悪い夢を食べたバクさんや仲間たちは、この月のうらがわまでとんできて、じっと食べた夢がこなれるのを待っているんですって。
「こなれる間に、その悪い夢から毒気が抜けて、小さくなってかたまりになるんです。そして、ぼくたちの身体からでてきます」
「もしかして、それってうんち?」
 わたしは鼻をつまんだ。
「いえいえ、ぼくたちはバクですが、生身のバクではありませんからね。そういうものはしませんよ。本当に種を出すんです」
「ああ、よかった」
「でも、くみちゃん、うんちをばかにしちゃいけませんよ。うんちは地球では、お花や野菜を育てる肥料になるんですからね」
 バクさんの目が笑っていた。
 
 とにかく、バクさんたちが食べた悪い夢が種になって、きれいなつきゆめ草の花を咲かせるっていうことはわかったわ。
「バクさん。ここが全部お花畑になったら、そのあと悪い夢を見た人はどうなるの?」
 バクさんはずうっと遠くの、まだ花の咲いていない荒れ地を見ながら教えてくれた。
「心配はいりませんよ。ここが全部お花畑になる。そのときこそ世界中のみんなの夢の中から悪い夢が消えるときなんですよ」
 それからバクさんは、赤い花を指さして、
「さあ、これがくみちゃんの夢からさいた花ですよ」
って、教えてくれた。
 花びらがたくさんついてて、たった今開いたばかりのようで、ぴかぴかしている。
「わあ、きれい」
 そのとき、わたしはその花がとっても欲しくなって、花びらを一枚そうっととってポケットにいれちゃったの。
(どうせ夢だし、一枚くらいだいじょうぶよね)
っていう、軽い気持ちで。

 次の日の朝。
 夢の中でバクさんにあえて、わたしは気持ちよく目が覚めた。
 ポケットの中をみたら、赤い花びらがはいっている。てっきり夢だと思ったのに。
 そうして、その夜。
 またバクさんとあえるといいな、と思いながら眠ったわたしは、気がつくと真っ暗な場所にいた。
「ここはどこ? いやだわ。こわい」
 暗闇から光るものが見えた。動物の目のような二つの光がじっとわたしを見てる。
 だんだんとうなり声も聞こえてきた。
「ううう……、ううう……、がるる」
 どこかへ逃げようと思っても、どっちにいったらいいのかわからない。
「たすけてぇ」
 わたしは身を縮めて、大きな声で助けを呼んだ。
 でも、誰もきてくれない。
 うなり声はだんだん近づいてきて、光る目が大きく見えた。
 その時、これが夢だって思い出したわたしは大声で言った。
「悪い夢はバクにあげます。悪い夢はバクにあげます。悪い夢はバクにあげます」
 突然あたりが明るくなって、怖い動物のうなり声が聞こえなくなった。
「もう、だいじょうぶだよ。くみちゃん」
 優しい声はバクさんだった。
「ごめんなさい。バクさん。わたし花びらを一枚とってきちゃったの」
「この花のたとえ一部でも、持って帰ったりすると、もっと悪い夢になっちゃうんだよ」
 バクさんはわたしから花びらを受けとると、月に帰っていった。
 
 それから一年たつころには、わたしはそんなことがあったなんてとっくに忘れてしまっていた。
 ある日、遠足で動物園に行くと、不思議なことに、急にバクを見たくなった。
 マレーバクのさくの前で、身を乗り出して見ていたら、奥の方から一頭のバクが出てきて、まっすぐわたしの方に向かってきた。
 バクはわたしをじっと見て
「こんにちは」
って、確かにいった。
 まさか、空耳に決まってるわ。と思ったら、
「お久しぶり」
って、また聞こえた。
 じっとバクの顔を見ているうちに、だんだん思い出してきた。
「ああ、バクさん。あのときの」
 バクさんはうれしそうに笑った。
「くみちゃんがここに来ると聞いて、本物のバクの姿を借りて、ここで待っていたのです。くみちゃんにあいたくて」
 わたしはお花畑のことを聞いてみた。
「毎日、かならずどこかに悪い夢を見る人はいますよ」
「じゃあ、お花畑は広がっているのね」
 わたしは目をつぶって、いつか見たつきゆめ草の花咲く丘のことを思った。
「くみちゃん。なにひとり言いってるの?」
 友だちにいわれて、バクを見ると、もう普通のバクになっていて、ゆっくりのろのろ池の中に入っていくところだった。
「バクなんてつまんない。あっちにいこう」
 友だちに手を引っぱられて、わたしはその場をはなれた。
(バクさん、元気でね)
 そっと心の中でつぶやいた。