VARIANTAS ACT12 英雄の条件
Captur 1
西暦2080年、第四次世界大戦の勃発と共に、『それ』は産声を上げた。
当初から、巨大人型兵器の有用性には疑問が投げ掛けられてはいたが、内骨格駆動フレーム“MFS”(マニューバーフレームシステム)による人間に限りなく近い動作と、強力な内燃機関。当時としては破格に小形なスラスターエンジンを搭載したそれは、『人型機動装甲(HMA)』と名付けられ、その機動力と打撃力で一躍、陸戦兵器の花形に踊り出た。
そして開発から100年間に、この兵器は目まぐるしい進化を遂げていった。
拡がる戦線。
激化する戦闘。
大量破壊兵器。
そして、“エース”と呼ばれる英雄達。
この全てが、HMAを更なる超兵器と化していく推進剤となった。
そして終戦後、HMAの役目は、対人戦闘から対ヴァリアンタス戦闘へ取って代わっていった。
際限無い進化を遂げていく敵。
それに呼応するように、進化するHMA。
そして今ここに、新たな時代を劃する二つの機動装甲が存在する。
その二機は、お互いの出会いの時を、静かに待っていた。
そのパイロットもまた、同じ様に…
************
パイロットスーツに身を包み、戦いに赴く前特有の張り詰めた空気を、彼は感じていた。
静かなロッカールーム。
目を閉じ、祈るように、非常に落ち着いた様子で佇むグラム。
肩がゆっくり上下し、自分の心音と息を吐く音だけが彼の鼓膜に届く。
貪欲な連中。
自分たちで万全な状況を作り上げておきながら、小さな小石をブルドーサーで退かし去る。
そんな連中が。
ブルドーザーにされている自分が。
気に入らない。
今朝方、選定委員会からの通達が有った。
呆気ない程簡単な、文章による知らせ。
以下の2機を、最終試験への移行に適す物とする。
〈ジェネシック・インダストリー社製試作機[対ヴァリアンタス戦闘用人型機動装甲HMA-ph3 リセッツクロウ]〉
〈アーシェクロイツ社製試作機[反重力波装甲実装型戦術機動兵器 ピスティス]〉
以上2機の模擬戦を経て、次期主力機体を決定する。
サンヘドリン兵器局次期主力機体選定委員会委員長ルドルフ=ハインケル少佐
この直後、アーシェクロイツ社から突然、“辞退”の申し入れが有った。
その結果、補欠2位だったキクチ金属工業が、繰り上げ当選し、水蘭とリセッツクロウは正面から対決する事になった。
正に、彼の言葉通りに。
彼はもう一度呟いた。
『気に入らない』と。
刹那、ドアをノックする音に、彼の意識が引き戻られる。
「大佐…」
ドア越しに聞こえてくる、自分を呼ぶエステルの声。いつもより大きく深呼吸。
「分かった…」
彼はゆっくり立ち上がり、ドアから部屋を出、ロッカールームからハンガーへ向かった。
************
彼には、生まれてこの方、剣しかなかった。
だが、彼は変わった。
彼女が変えた。
「準備はよろしいですか?」
彼女の声が、インカムを通じて聞こえてくる。
一瞬の躊躇。
水蘭のコクピットの中、手を延ばせば触れる事が出来る程近くに居る筈なのに、彼には何故か遠く感じた。
「春雪…」
低い声。
「はい?」
「あのさ…前、ちょうど今みたいにコクピットの中で君と話したとき…」
途切れる言葉。
声が出ない。
喉の奥で、言葉がノイズに変わる。
「若様…?」
「嬉しかった…」
やっと出た言葉がこれ。
なんだそれ。
自分で反省。
彼女だってほら…
「え…?」
不思議そうに聞き返す。
頭に血が昇る。
自分でも何を言っているか分からなくなってきた。
でもこれだけは言いたい。今言わなきゃいけない。
「嬉しかったんだ…顔を見て話を聴いてくれて…君は僕の我が儘に振り回されてるっていうのに、嫌な顔一つしないで…微笑んでくれた…」
「若様…」
「君の顔を見ていると、戦いの前だというのに心が静かになれる…何があっても笑顔でいれる…だから…」
自分でも分かっている。
また我が儘だ。
胸がむかつく程、本当に嫌なくらい、自分でも分かっている。
でも…
目の前に、ウインドウ。
彼女の顔が映る。
「…一つだけ、約束…もう二度と、あんな悲しい顔を…しないでください…」
春雪は一刃にそう言うと、彼の瞳をじっと見つめた。
一瞬の沈黙。
彼は答えた。
「約束するよ…春雪…」
彼女は静かに、そして優しく微笑んでから、再び彼に問う。
「準備はよろしいですか? 若様…」
答える一刃。
「準備よし…!」
ヘルメットを被り、視覚変換。
目の前に、広い視野が広がっていく。
静かに動き出す水蘭。
機体はゆっくりと、薄暗いハンガーから、明るい荒野へ出て行った。
************
ロッカーからハンガーヘ向かう途中、エステルはグラムの少し後ろをついて歩きながら、彼の背中をちらちらと見た。
強張った肩口。
強い足音。
一目見れば、機嫌があまり良くない事くらいすぐ分かる。
「エステル」
グラムが不機嫌な口調で話し掛けた。
「はい?」
返事を返すエステル。
彼は直ぐに立ち止まり、振り返る。
「どうしました?」
「夕べは…何処に行っていた?」
「え…?」
思わず聞き返す。
「部屋にも居なかったからな…少し心配したぞ?」
目を点にするエステル。
彼女は一瞬、苦笑混じりの笑みを見せてから、グラムの顔を見つめて言った。
「それで機嫌が悪かったんですか?」
答えるグラム。
「理由はそれだけではないがな…」
彼女は顔を俯かせて溜息をついてから、すぐに顔を上げて答えた。
「ハンガーにいました」
「一人でか?」
「グレンと一緒に」
「一晩中?」
「夜中のうちに部屋へ戻りましたよ?」
「急に仲良くなったな…」
無言でエステルの顔を見据えるグラム。
彼の目は、何か疑いを抱いているような…そんな目で、彼女は額を押さえてからもう一度、大きく溜息をついた。
「念のため、一つお聞きしておきますが…まさか私と彼女が、性愛関係を持ったなどとお考えではありませんよね?」
「………」
無言のグラム。
彼女は声を荒げた。
「違います! 勘違いなさらないで下さい…! 彼女と私は…!」
『私…家族いないもん…』
突然、彼女の脳裏に、夕べのグレンの言葉が響いた。
「彼女とは…」
「エステル?」
「大佐…」
彼女は、グラムの顔をじっと見つめて、請い求めるような口調で話し始めた。
「…もう少し彼女に、言葉をかけてあげられないでしょうか?」
「どうした? 急に…」
不思議そうなグラムに、彼女は言った。
「グレンは夕べ、『自分には家族がいない』と言っていました。父もなく、母もいない…彼女はそう言って…泣いていました…」
「グレンが…?」
「いつも明るくて、誰にも親切な彼女が、そう言って泣いたんです。だから私は、彼女を抱きしめて、『あなたはたくさんの人達に愛されてる…あなたの周りにいるみんなが、あなたの家族だ』って…言ったんです…」
「それで、彼女は?」
西暦2080年、第四次世界大戦の勃発と共に、『それ』は産声を上げた。
当初から、巨大人型兵器の有用性には疑問が投げ掛けられてはいたが、内骨格駆動フレーム“MFS”(マニューバーフレームシステム)による人間に限りなく近い動作と、強力な内燃機関。当時としては破格に小形なスラスターエンジンを搭載したそれは、『人型機動装甲(HMA)』と名付けられ、その機動力と打撃力で一躍、陸戦兵器の花形に踊り出た。
そして開発から100年間に、この兵器は目まぐるしい進化を遂げていった。
拡がる戦線。
激化する戦闘。
大量破壊兵器。
そして、“エース”と呼ばれる英雄達。
この全てが、HMAを更なる超兵器と化していく推進剤となった。
そして終戦後、HMAの役目は、対人戦闘から対ヴァリアンタス戦闘へ取って代わっていった。
際限無い進化を遂げていく敵。
それに呼応するように、進化するHMA。
そして今ここに、新たな時代を劃する二つの機動装甲が存在する。
その二機は、お互いの出会いの時を、静かに待っていた。
そのパイロットもまた、同じ様に…
************
パイロットスーツに身を包み、戦いに赴く前特有の張り詰めた空気を、彼は感じていた。
静かなロッカールーム。
目を閉じ、祈るように、非常に落ち着いた様子で佇むグラム。
肩がゆっくり上下し、自分の心音と息を吐く音だけが彼の鼓膜に届く。
貪欲な連中。
自分たちで万全な状況を作り上げておきながら、小さな小石をブルドーサーで退かし去る。
そんな連中が。
ブルドーザーにされている自分が。
気に入らない。
今朝方、選定委員会からの通達が有った。
呆気ない程簡単な、文章による知らせ。
以下の2機を、最終試験への移行に適す物とする。
〈ジェネシック・インダストリー社製試作機[対ヴァリアンタス戦闘用人型機動装甲HMA-ph3 リセッツクロウ]〉
〈アーシェクロイツ社製試作機[反重力波装甲実装型戦術機動兵器 ピスティス]〉
以上2機の模擬戦を経て、次期主力機体を決定する。
サンヘドリン兵器局次期主力機体選定委員会委員長ルドルフ=ハインケル少佐
この直後、アーシェクロイツ社から突然、“辞退”の申し入れが有った。
その結果、補欠2位だったキクチ金属工業が、繰り上げ当選し、水蘭とリセッツクロウは正面から対決する事になった。
正に、彼の言葉通りに。
彼はもう一度呟いた。
『気に入らない』と。
刹那、ドアをノックする音に、彼の意識が引き戻られる。
「大佐…」
ドア越しに聞こえてくる、自分を呼ぶエステルの声。いつもより大きく深呼吸。
「分かった…」
彼はゆっくり立ち上がり、ドアから部屋を出、ロッカールームからハンガーへ向かった。
************
彼には、生まれてこの方、剣しかなかった。
だが、彼は変わった。
彼女が変えた。
「準備はよろしいですか?」
彼女の声が、インカムを通じて聞こえてくる。
一瞬の躊躇。
水蘭のコクピットの中、手を延ばせば触れる事が出来る程近くに居る筈なのに、彼には何故か遠く感じた。
「春雪…」
低い声。
「はい?」
「あのさ…前、ちょうど今みたいにコクピットの中で君と話したとき…」
途切れる言葉。
声が出ない。
喉の奥で、言葉がノイズに変わる。
「若様…?」
「嬉しかった…」
やっと出た言葉がこれ。
なんだそれ。
自分で反省。
彼女だってほら…
「え…?」
不思議そうに聞き返す。
頭に血が昇る。
自分でも何を言っているか分からなくなってきた。
でもこれだけは言いたい。今言わなきゃいけない。
「嬉しかったんだ…顔を見て話を聴いてくれて…君は僕の我が儘に振り回されてるっていうのに、嫌な顔一つしないで…微笑んでくれた…」
「若様…」
「君の顔を見ていると、戦いの前だというのに心が静かになれる…何があっても笑顔でいれる…だから…」
自分でも分かっている。
また我が儘だ。
胸がむかつく程、本当に嫌なくらい、自分でも分かっている。
でも…
目の前に、ウインドウ。
彼女の顔が映る。
「…一つだけ、約束…もう二度と、あんな悲しい顔を…しないでください…」
春雪は一刃にそう言うと、彼の瞳をじっと見つめた。
一瞬の沈黙。
彼は答えた。
「約束するよ…春雪…」
彼女は静かに、そして優しく微笑んでから、再び彼に問う。
「準備はよろしいですか? 若様…」
答える一刃。
「準備よし…!」
ヘルメットを被り、視覚変換。
目の前に、広い視野が広がっていく。
静かに動き出す水蘭。
機体はゆっくりと、薄暗いハンガーから、明るい荒野へ出て行った。
************
ロッカーからハンガーヘ向かう途中、エステルはグラムの少し後ろをついて歩きながら、彼の背中をちらちらと見た。
強張った肩口。
強い足音。
一目見れば、機嫌があまり良くない事くらいすぐ分かる。
「エステル」
グラムが不機嫌な口調で話し掛けた。
「はい?」
返事を返すエステル。
彼は直ぐに立ち止まり、振り返る。
「どうしました?」
「夕べは…何処に行っていた?」
「え…?」
思わず聞き返す。
「部屋にも居なかったからな…少し心配したぞ?」
目を点にするエステル。
彼女は一瞬、苦笑混じりの笑みを見せてから、グラムの顔を見つめて言った。
「それで機嫌が悪かったんですか?」
答えるグラム。
「理由はそれだけではないがな…」
彼女は顔を俯かせて溜息をついてから、すぐに顔を上げて答えた。
「ハンガーにいました」
「一人でか?」
「グレンと一緒に」
「一晩中?」
「夜中のうちに部屋へ戻りましたよ?」
「急に仲良くなったな…」
無言でエステルの顔を見据えるグラム。
彼の目は、何か疑いを抱いているような…そんな目で、彼女は額を押さえてからもう一度、大きく溜息をついた。
「念のため、一つお聞きしておきますが…まさか私と彼女が、性愛関係を持ったなどとお考えではありませんよね?」
「………」
無言のグラム。
彼女は声を荒げた。
「違います! 勘違いなさらないで下さい…! 彼女と私は…!」
『私…家族いないもん…』
突然、彼女の脳裏に、夕べのグレンの言葉が響いた。
「彼女とは…」
「エステル?」
「大佐…」
彼女は、グラムの顔をじっと見つめて、請い求めるような口調で話し始めた。
「…もう少し彼女に、言葉をかけてあげられないでしょうか?」
「どうした? 急に…」
不思議そうなグラムに、彼女は言った。
「グレンは夕べ、『自分には家族がいない』と言っていました。父もなく、母もいない…彼女はそう言って…泣いていました…」
「グレンが…?」
「いつも明るくて、誰にも親切な彼女が、そう言って泣いたんです。だから私は、彼女を抱きしめて、『あなたはたくさんの人達に愛されてる…あなたの周りにいるみんなが、あなたの家族だ』って…言ったんです…」
「それで、彼女は?」
作品名:VARIANTAS ACT12 英雄の条件 作家名:機動電介