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君と起動のはなし

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起動が遅い



ゆるりと瞼が震えて、それからほんの少しの時間をおいて。
瞳をあけた君はまず僕をみて、それから天井を見て、床を見た。
ぼんやりとした目の焦点はしばらくあいそうにない。だるそうなしぐさであっちを見たりこっちを見たり、やっとこさこっちを見てくれた時には時計の秒針が三回まわっていた。

きみはいつでも、起動が遅い。
常にそう思うんだけど、結局言えずじまい。もし傷つけたら、なんて考えるとためらってしまう。
それに、僕はそんな君のことが嫌いなわけじゃないんだ。起動が遅くたって別に僕は君のことをいくらでもまってあげられる。緩慢な仕草であたりを見回してぼけっとしている君を眺めるのも存外嫌いじゃあない。一人の静寂でも、二人の賑やかさでもない、互いが在る沈黙は少しだけ甘いにおいをしている気がする。

君がけほんと咳をする。埃が多いことに気づけば、もう少し。起動したも同然だ。
錆びかけた蛇口を捻ってコップに水を注いだ。

手渡す。少し戸惑ってから君は受け取る。
起動完了。

「ああ……おはよう。」

起動前とはあまり変わらず、ぼーっとした目と眠そうな声。でもそれが君で、傍にいるのが僕なんだから仕方ない。

「うん、おはよう。」

二人だけのアパートはカビ臭い。いつ建てられたのかも知らないし、知りたくないけど相当年季が入ってるのだろう。おかげで蛇口はさびてるし、あちこちの柱にガタはきてるし、ネズミも出る。
だからといって文句を言えるほど余裕がないのも現実で。
困ってるんだ、まったく。君が埃のせいで寝苦しくて起きてしまったりするととてももどかしい。いくら掃除したって知らないところからどんどん出てくる。どうにかならないものか。

「眠いな。」

君はぼさぼさの髪の毛を人差し指でいじりながらそう言った。「起きたばっかりじゃないか。」と僕は言うけど、君はまた布団の中に潜り込む。

起動、終了。
今日の起動時間は昨日よりも短くて、どうやらまたひとつものぐさになってしまったみたいだ。
甘やかし過ぎたのかな。なんて思う。
少し長く君をベットに寝かしつけすぎたのかもしれない。すこしだけ反省して君が水を飲み干した後のコップを流し場で洗う。ほんのりと濁った液体は排水溝に吸い込まれて消えた。

「おやすみ。」

君は少しだけ目をあけて、それから「うん」とだけ言って閉じる。
作品名:君と起動のはなし 作家名:由良いつる