恋の掟は夏の空
18歳で初めて考えた
「駅にもうすぐつくぞ。よく寝れるな、お前ら」
確かによく寝ていた。
「彼女んち、もう1個先なんだよ。そこまで乗ってくから。定期あるし」
「そっか、もう少しだから、もう寝るなよ」
言いながら、いとこはニコニコして車掌室に向かっていく。
「いいの?おかーさんに捕まっちゃうかもよ。劉」
「今から、いいウソ考えるわ」
思いつきそうもなかったけど。
俺の駅を過ぎて、次の駅が高校のある直美の駅だ。
「いい、いいわけ思いついた?」
「顔みりゃ、わかるでしょうが・・必死よ、いま」
「バレー部の後輩の練習でも、見るとかでいいじゃん」
「それ、いいかなー」
「シンプルでいいじゃん」
「そうかなー」
「予備校帰りで、部活見るかなー」
「それ、って、断る理由にしては、弱くないか・・」
「そうかなー」
あれこれ、言い合っていたが全然まとまらなかった。
いとこの車掌が駅名を告げて、電車はブレーキをかけだしていた。
「わ、ついちゃうわ」
腕をギュウって組まれていた。
「おまえ、なんか、面白がってるだろ」
「だって面白いんだもん」
言い終わるとドアの開く音がした。
あわてて、荷物をつかんで見慣れた駅のホームに下りた。
もう、直美のおかーさんは手を振っていた。
改札をでると、
「劉ちゃん、送ってくれてありがとうね。スイカ冷やして来たから遊びに寄ってってよ」
「あ、あのう、ですね、夜に盆踊りの打ち合わせあるんです。今日」
すごい、言い訳を言っていた。
「じゃ、夜まで時間あるじゃない。まだ、こんな時間だし」
その通りだった。
「いや、あのう、えっと、お昼からの間違いで、もう遅刻なんです」
直美は隣で、向こうのほうをわざと見ながら笑いをこらえているようだった。
「お祭りの役員なんだ?タイヘンねー」
「ええ。なんか、無理やりさせられて・・」
「じゃ、仕方ないわねー。でも、学校のバレー部の練習見てあげてるんでしょ。夏休み中?」
「ま、毎日ではないんですけど」
「じゃ、今度帰りに寄りなさいね」
「は、はぃ」
諦めてくれたみたいだった。
ずっと側で笑っていた直美が
「じゃ、今日電話するね?劉?」
って言って俺の手からカバンを取り上げた。
「え、俺じゃないの?電話するの?」
「今日はこっちから電話するから、いいよ」
「うん」
「じゃ、10時にね、あとでねー」
言いながらおかーさんと駅舎から車のほうに向かって行った。
「ほんとに、遊びに来なさいねー劉ちゃん」
車のドアを開けて、振り返りながら大きな声のおかーさんだった。
一生懸命、俺は頭を下げてから、動き出した車が見えなくなるまでずっとそこに立っていた。
絶対、それを見て直美は笑っていると思った。
俺の背中も額も、汗が噴出していた。
時刻表を見ると、あと15分後に登り電車がやってくるらしかった。
ものすごく喉が渇いていたので、缶コーヒーを買ってホームのベンチに座ることにした。
夏の日差しが、頭のてっぺんから容赦なかった。
ずっと何を書いていたのか気になった日記を読むことにした。
無理やり入れた日記帳は、また、少し曲がっちゃったみたいだった。
1番気になっていた今朝、直美が書いていたところから読み出した。
短い日記だった。
昨日から今日といろんなことがあったけど
劉のことが、もっと好きになった直美がいます
今日の直美はちょっと今までの直美じゃない気がします
そんな、直美をずっとずっと好きでいてください
田舎に帰ってからもいっぱいキスしようね
キスだけでよかったの?
劉の彼女の直美より。 8月10日
大きく息を吸って返事を短く書いた
直美に惚れている自分に感謝しています
今日から今までよりもずっとずっと直美を
好きな劉です
キスはほどほどにします
静劉 8月10日
書き終えて、また怒られると思ったけどカバンに無理やり詰め込んだ。
夏の日差しは、18歳の俺を笑っているようにカンカン照りだった。
大きなものを失って、大きなものを手に入れた。 それを初めて知った暑い暑い夏の午後だった。
1979年 暑い夏に恋を知りだした俺がいた。
その冬、俺は希望の大学の芸術学科に進んだ
直美は、おしゃれな有名女子大の英文科に入学した
そして、由紀子は、超難関有名大学の英文科に楽々入学していた。
「恋の掟は夏の空_完結 (1979年 暑い夏のこと)
[告知] 次回作は「恋の掟は春の空」の始まりです。よろしく引き続きお付き合いくださいませ。