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溶けずにあること

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もっと小さかった頃、たとえば幼稚園くらいのころは夏がこんなに暑くなかったと思う、それはこどもの体温が高いことと関係があるのだろうか。もしそうだったら、年を取るに従って夏が過しにくくなってるってことで、それってなんだかひどいはなしみたいな気がするな、と図書館の植え込みにすわりこんで考えた。夏の太陽は白くて近い。触れそうな尖った光。冷たすぎて熱く感じる氷のようだ。苛烈すぎて痛みを感じる。
 でも違うかもしれない、こどものころはその暑さに慣れていなくて耐えきれないから、こどもは自分の体を守るために体温を高くするのかもしれない。暑いことに耐えるために。もしそうなんだったら、大きくなるにつれてこんな風に暑さを身にしみて感じるようになるのは、つまり暑さに耐えられる精神と肉体が備わったからだってことになる。
 大人になるにつれて人間は発達していくんだろうか?
 そうじゃなければ救いがないとは思うけど。
 こんなふうな感情もおとなになっていけば耐えられるようになるんだろうか。図書館のうえこみに座って考える。スカートの裾をじっと眺めた。こどものころにははかない長さのスカート、先週買ったばかりのスカート、かわいかろうとかわいくなかろうと関係ないのにかわいくしてこんなところに座っている日曜日。
 耐えられるように、なるんだろうか。
 なんともおもわないように。
 たのしいみたいに。
 今はとても耐えられなくて、しょっちゅう投げ出したくなるのに。これもそのうち耐えられるようになるのかな。めんどうくさくてなさけなくて泣きだしたくなるようなのも、大人になったらぜんぶ平気になるんだろうか。
 生理痛で眠る保健室の白いシーツが痛いように冷たく感じる。夏の太陽が白いのに似ている。こんなの耐えられない、と思う。くりかえし、くりかえし、いくどもいくどもやってくるなんて耐えられない。夏も、生理も、日曜日も。
 もうこんなのやだ、やめたい、と、保健室の先生に言った。注いでくれたコーヒー、砂糖入れても苦くておいしくないのに我慢して飲んだ。先生は笑って、そうねえ、と言う。しょうがないねえ。
 しょうがないねえ。
 しょうがないねえ。
 くりかえしくりかえし、やってくる日曜日。
 先生はもう、平気になったのかな。おとなだから。平気になったのかな。先生は日曜日だれと会うの。先生は、どこで燃やされてるの。
 灼熱の太陽に燃やされてることにもう気がついてしまっても、それでもそれに耐えうる精神と肉体。
 
 すきなひと、の、話。

 図書館に、日曜日。

 植え込みより先は、怖いので、わたしはここにいます。

 たとえば、昔、小学生だった頃、給食でアイスがでたときなんかにドライアイスが入っていて、それで遊ぶのは楽しかったっけ。ドライアイスは暑いところにほうっておくといつのまにかなくなってしまう。不思議なことだった。ぬるんだ水さえのこさずになくなってしまう。
 あんなふうになりたいと思う。
 そこにあったことさえ忘れられてしまう。
 そんな記憶があるな。そう、かんがえる。そういう種類の思い出があるな。前だってだれかを好きになったことはあるのに、その気持ちはどこかへ消えてしまってもうみつからない。大気に溶けてわからなくなる。かすかでささやかではかなくて。消える。
 消えてしまいたいな。
 耐えないで、消えてしまいたいな。
 それは幸せなことのように思う。
 手を、白い光のなかにかざす。ぬるいわたしのからだ。とけ残った氷のようなぬるくてふやけたわたしのからだ。溶けてしまいたい。できれば大気でなく、もっとあなたのちかくに溶けてしまいたい。それはとてもしあわせみたいに感じる。でも、わたしのなかのどこかが、そんなのばかげてると呟く。
 だからまだ、わたしは溶けずにここにいて、融点のこちらで怖がっている。
 太陽を見上げる。白く光る太陽。近く見えるけど遠い光。触れたらきっと死んでしまう。けれどそれはそれでも必要なものだ。それでも。
 必要なものだ。
 とても暑い、ことに、けれどわたしは耐えられず、自分のむきだしの膝をだきしめる。




(2004/夏)
作品名:溶けずにあること 作家名:哉村哉子