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少納言の日記

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春は曙、ようよう白く成り行く、山際すこしあかりて、むらさきだちたる雲のほそくたなびきたるが如き定子様の麗しき御姿、夏はよる。月の頃はさらなり、やみもなお、ほたるの多く飛びちがいたるさまは定子様の溢れ出る高潔さ……うふふ、定子様、ふふ、定子様。うふ、うふふ。定子様! 定子様! うふふふ、定子様、かわいいよ、定子様。

 ……あのぅ。

 ……は! ……入ってくる前にはちゃんとノックをしなさい。

 ……しましたが、清少納言様はお聞きになられていなかったみたいなので。

 ……そうなの。まあ、いいわ。わたしは今執筆中なの邪魔をしないでちょうだい。

 ……あのぅ、定子様がお呼びです。

 このノロマッ! そういうことは早く言いなさいよ!!! ああ、香しき定子様、私清少納言、直ちに参ります!!!

 ……清少納言様。

 なにかしら?

 ……鼻血が出てます。

 ……忠誠心というやつよ。




 清少納言参りました。何か御用で御座いますか。

 ……少納言や。

 ……はい。

 ……まずは鼻血を拭きなさい。

 も、申し訳ございません。

 これ、鼻紙を持ってきなさい



 ……そうそう、話というのはだな。実はな……

 ぺしり。

 ……は?

 うふふ、ふふ。

 家の御逹、女房のクスクス笑いが響く。

 後ろで一人の女房がぶんぶんかゆの木を振り回している。して高らかに言う。

 清少納言、討ち取ったり。

 定子様どもども笑う。

 ……うらめしい。

 うふふ、許せ、今日が節供と忘れていた貴女の罪じゃ。

 うちわらうこと、また、ねたましとおもうこと。
 それもまたことわりなり。




 天にまします八百万の神々でさえも貴女の高貴の前に自然とひれ伏すでしょう。ああ、その御手は絹でさえも傷をつけることは許されていない。御眼は気高く世の真を見つめ、口を御開きになれば其の実を語りになられる。
 ああ、筆舌に尽くすことができない、いくら流麗な言葉を綴り重ねたところで、貴女の美しさには至らない。ああ、定子様、ああ定子様、貴女は何故定子様なの? 罪作りな人でらっしゃいます。

 ……あのぅ。

 ……ま た お 前 か !!
 何故、お前はノックする事を知らない! 馬鹿なの?!

 い! いたたた! いたいです!!!

 何の用?

 れをはらひれくらはい(手を離してください)

 ……は?

 れをはらひれくらはい(手を離してください)

 ……なに?

 れをはらひれくらはい(略)

 ……馬鹿にしてんの?

 いいぃぃぃ! いたい! いたい!

 ああ、手を離せって言ってるのね。ほら。

 ……ぅぅ。

 泣くな! 用件を言え!

 ……ぅぅ。


 ……ちょっ! いつまで泣いてるのよ。

 ……ぅぅう。

 わたしが悪者みたいじゃない。

 ……

 ……いや、本当にごめんね。

 ……

 いや、さ、あんた泣かせる気はなかったんだよ。ほら、ちょっと虐めたくなるじゃないか、あんたみたいな若くてかわいいのを見るとさ、あんたが憎くてやったんじゃないんだよ。

 ……本当ですか?

 嘘ですけど。

 ……定子様に言い付けてやる。

 ……ちょっ! お前! こら! 待て!

 ……

 ……はぁ、また定子様にどやされるよ。

 ……

 まあそれもいとおかし。ふふ、うふふ、定子様、定子様、うふふ。サディスティックな眼差しも素敵、良い、とても良い。

 ……なにをなさってるんですか?

 定子様への愛の挽歌を綴っていたところよ。

 ……って、お前か。

 清少納言様はもう少し声をお静かになさった方がよいと思います。……その……聞いてるこっちが恥ずかしい……

 ええい! お前の意見など聞くか! 小娘が!

 と、定子様が申しております。

 ……へ?

 ……少納言や、わたしは小娘なのですか?

 ……滅相も御座いません! これはとんだご無礼を!!
 この者に言ったので御座います! もしそう聞こえたのでしたら責任はこの者が取りますから!

 !?

 ……うふふ、相変わらず可笑しなことを言ってわたしを笑わせてくれるのね。

 ……定子様。

 ……でも、こうしていられるのもいつまで続くことか。

 ……花山院様の件ですか。

 ……ええ、然しそうは言っても大丈夫でしょう。

 ……定子様?

 少納言、あなたがいてくれるなら安泰でしょう。

 ……定子様ぁ。

 ……涙を拭きなさい。

 ……定子……様?

 なに?

 抱きついて良いですか?

 鼻血を拭いてからならね。




 と笑はせ給う。いみじうはづかしきここちぞすれ。




 左中將がまだ伊勢の守だったころ、里においでになった時、畳を差し出したら、その上にこの草子が乗っていたみたいで、左中將が持っていってしまった。しばらくして返して貰ったものの、それから色々な所で読まれてしまっている。この草子、世の中の興味深いこと、目に見え思ったことを書き留めているのだが、人のためになる部分もあるかもしれない、しかし隠しておきたい部分もある。他の誰かに見せるために書いてないのだから、見られるのはどんなものか。
 ただ、人の良いと言っているものを悪くいい、駄目だというものを褒めるのは、その人の程が推し量られるものよ。

 ただ心ひとつに、おのづから思ふことを、たはぶれに書きつけたる。こしやなにやと、書きつくさんとせしにいとものおぼえぬ事ぞ多かるや。

作品名:少納言の日記 作家名:田中恵