よのなかばかなのよ 3.転職
ハハキトクハヤクカエレ
あんな母親でも心配だ。死ななそうな人ほど、いきなり死んでしまうものだし……そんなのいやだ!わたしはとにかくいそいだ。転職の話も忘れて。車をとばした。その間、何度ももしものことを考えてしまう。そんな時にラジオから、小田和正が流れ出す。
時を越えて
君を愛せるか
君を守れるか
忘れないでどんな時も
めぐる母親の思い出。おもわず涙が出てきた。車を停めて、パーキングで少し泣いた。
はやく行かなきゃ。わたしは車を走らせる。いつしか見慣れた風景に。
それは。
わたしの帰る場所。
戸を開けて中に入る。わたしは思わず叫ぶ。
母さん!
返事がない。もう一回。
母さん!
返事がない。かわりに近所のおじさんの声。
あぁ、智子ちゃんかいお帰り。
わたしは間髪入れずにきいた。
ねぇ、よしおじさん!母さんはどこ?!
あぁ、街の集会場にいるよ……あ、智子ちゃん……どこ行くんだい……
わたしはいてもたっていられず集会場へ。
どうやら街の人が集まってるらしく人だかりができていたその中に父親の姿。
父さん!
おお、来たか。
父さん!来たかじゃないわ!母さんは?!母さんは大丈夫なの?!
母さんか、まあ来なさい。
??
わたしは手を引かれ奥の部屋へ。
か、母さん!!
母親が白装束を纏って、メイクを施されている。
あー、智子いらっしゃい。さっそくこれに着替えてちょうだい。
同じような白装束を渡されて、無理矢理着替えさせられた。そして変なお札を渡された。
いい?智子ちゃん??そのお札の裏に書いてあること読むだけでいいから。じゃ、いくわよ。
ぽかーん。
とした頭が認識したことは、こりゃヤバい。ということだった。
わたしはステージに立たされ、母親が雄弁に語るのをきく以外に何をすることもできなかった。
……わたくしどもはそんじょそこらのインチキ宗教ではありません!!
やれ、オウムだ、神世界だ、アレフだ、そんなものは信じるに値しない。金もうけに人々は救えません!! ですから!!わたしども納得していただくまでお布施はいただきません!! さて、今からわたくしが起こした奇跡をお教えいたしましょう。そうですね。あれは5年ほど前、商店街の福引きでのこと。そこのわたくしの娘が福引きに行ったのです。なんと三回のチャンスしかありませんでした。そのうち、二回がハズレでした。娘はこんなん当たるか!とあきらめてしまいました。その時わたくしは優しく諭しました。
人生楽ありゃ苦あり
七転八倒
次は特等だよ
と。するとどうでしょう。転がり落ちた玉は。キラキラと金色に輝く玉ではないですか!!そうなんです。わたくしの一言は奇跡を起こしたのです。……ほら、智子ちゃん、あんたのセリフよ!!はやく!
あ、あああのときわたしがあきらめーていたーらとーくとととうはあああたらなかたでしよう。
こーのおかたのおか、おかげでしたー。
……下手ねぇ。はい、みなさんここで紹介するのは日めくりカレンダーです!ただの日めくりカレンダーじゃありませんよ!わたくしの金言が入っております。……例えば
なんかベストをつくしなさい
これで毎日の生活を心配する必要もなし!お値段二万のところ……なんと!泣く泣くですよ!!わたくしも生活がかかってるのですが……みなさんの幸せを願って奮発します!
一万五千円でのご提供にさせていただきます!
どよめく歓声、わき起こる拍手、中には拝みたてまつる人もあらわれるしまつ。母親はこんな手法でこの後も三~四回ボロもうけしたのだ。
最後には会場みんなで。
笑いは世界を救う!
辛いことはみんなで笑いとばせばいいじゃないか!
あなたも「カナリヤの微笑み」へ!
母親は讃えられながらステージを去った。楽屋へかえると。数えきれないお札をにやにやして数えていた。
わたしは心が痛い。
母さん、あんたバチがあたるよ。すると。
あー、あんた広田って男に引き抜かれそうなんだって?
え?どうして知ってるの?
ははは、あんた脱サラするつもりだったね。やめとき。あいつは詐欺師だよ。
……自分は詐欺まがいのことやってるのに。
そのうち逮捕されるよ。
母さん、なんで……
うふふ、脱サラするなら他のとこにね。
2ヶ月後、広田は逮捕された。
下着泥棒だった。
わたしは、転職ナビを買ってきては、眺める生活をしている。母親は今度テレビに出るそうだ。
タイトルは
「幸せってなんなんだっけ」
母奇特、早く我にカエレ
作品名:よのなかばかなのよ 3.転職 作家名:田中恵