とある集落で
とある敗戦国の小さな集落に、戦勝国の兵隊たちがやってきました。
兵隊たちはその小さな集落に住む人々を追い出すためにやってきたのでした。
「この土地は我らの物となった! よって貴様らはこの土地から退去してもらう!」
兵隊たちのリーダーである男が叫ぶと、兵隊は予定の通り散らばって家屋へ侵入し、さながら強盗のように住人を追い立て部屋の物色を始めました。
集落のあちこちから悲鳴が上がり、ときおり銃声が聞こえてきました。兵隊たちは歯向かうものは殺せと命令を受けていました。
住人が苦痛を表情にうかべ、必死になって逃げ惑う中、一人の兵隊は流れに逆らうようにしてとぼとぼと当てもなく歩いていたいました。
その兵隊は疲れていたのです。
長い戦争に生き抜いたものの、たくさんの人を殺し、たくさんの仲間を失ったことに心を痛めていたのです。
「もう戦争は終わったのに、こんな非道が許されるのか……」
兵士はぶつぶつと呟いて歩き続けます。
ふと気がつくと、集落の中央にある広場まで来ていました。
広場には木製のベンチが五角形に設置されており、その兵隊はちょうどいいと思い、そこに座り込み深々と溜息を吐き出しました。
銃を横に置き、閑散としてしまった広場に一人、兵隊は早く国に帰りたいと思いながら空を見上げてぼうっとしていました。
すると、不意に背後に気配を感じました。
戦争は終わったとはいえ、背後を取られたときの恐怖は抜けきっておらず、急いで振り返りました。
すると、
「よくも……よくも僕の家族を殺したな!」
そこには小さな体を震わせて兵隊を睨みつける存在がいました。
「なんで……なんでこんな残酷なことができるんだ!」
兵隊を睨みつけながら叫びます。
兵隊はその鋭い視線を真正面から受け、固まってしまいました。
「妹はまだ一才だったんだぞ! たったの一年だぞ!? たったの一年しか生きられなかったんだぞ!!」
その小さな体のどこから出てくるのか不思議なほどに大きな声でした。
「母さんは妊娠していて、本当なら今頃弟が生まれるはずだったんだ……なのに……お前らが、殺したんだっ!! 弟も母さんも!!」
「………………」
兵隊は黙って耳を傾けていました。
「なんで僕の家族は殺されなければならなかったんだ! 僕らが何をしたっていうんだ! 勝手に戦争を始めて好き勝手に暴れて、僕らの大切なものを奪っていく……」
そこで、ふと兵隊の目じりに悲しみが浮かびました。
「そんな顔をしたって無駄だ! 僕は絶対に許さない!!」
突然小さな体が兵隊に向かって飛び掛りました。
「うわっ」
猛然と迫ってきた小さな体をいなしますが、兵隊の頬には赤い線が一本引かれました。線から赤い血が浮かび上がります。
兵隊は、より一層深い悲しみを顔に出しました。
それを見た、小さな体ながらも兵隊に立ち向かっていく勇気のある彼は、
「痛いだろ? 僕の家族はもっと痛い目をしたんだ! 僕の心だってそうだ! この村のみんなだってそうだ!」
威勢よく声を張り上げます。
しかし兵隊は聞いていませんでした。それどころか、頬を押さえたまま涙を流し始めました。
それを見て、兵隊を睨みつけていた彼は、次に言わんとしていた言葉を飲み込んでしゅんと首を垂らしました。
「……本当はわかってるんだ。あんたたちも好きで人を殺してるわけじゃないって。うちらの国の兵隊も戦争から帰ってきたら、負けたことよりも人殺しの罪悪感でダメになっちまった……」
言いますが、兵隊はうな垂れていて聞いているかどうかもわかりません。
「それでもやっぱりあんたらのことは憎い。だから頬の傷のことは謝らないからな」
本当は罪悪感が芽生えていたのですが、それを隠して強がるようなこと言います。
その小さな存在は、ふっと力を抜くように息を吐きました。
「なんで人間は戦争するんだろうな。領土がなんだっていうんだろう。ご飯を食って、遊んで、寝て……それだけの生活でいいじゃないか。僕はそれだけで幸せなんだ……」
そう言ったところで、広場の向こうから人影が一つ、こちらに向かって走ってきました。
「あっ」
走ってきた女性は、兵隊に向かい合っていた彼を抱きかかえると逃げるようにしてその場を去っていきました。
女性と入れ替わるようにして、先ほどからうな垂れていた兵隊とは別の兵隊がやってきました。
「よ、どうした。元気がないな」
その兵隊は軍服の上から宝石がちりばめられたネックレスをしていました。それを見て、うな垂れていた兵隊は目を逸らすようにして適当に返事を返しました。
「そういえば、お前、さっきから何を話してたんだ?」
ネックレスをつけた兵隊が、もう豆粒ほどまで遠くに行ってしまった女性を指差しました。
指差す方向を見て、女性ではなく、女性が抱きかかえられて連れて行かれた水色の瞳の小さな存在のことだな、とわかりました。
うな垂れていた兵隊は深々と溜息を吐いて、言いました。
「猫の言葉なんてわからないよ。それにしても何であんなに嫌われたんだろう……頬を引っかかれちゃったよ。それが結構痛くてさ、恥かしい話なんだけど、涙が出ちゃったよ」
広場に一つの笑い声が辺りに響き渡りました。