公園の猫
公園を散歩していたら、猫に話しかけられた。
「よう、兄弟。メシおごってくんねえか?」
・・・・・・。
「・・・なんで?」
猫は、前足で公園前のコンビニを示すと、
「何、一番安い猫缶で充分なのよ。いいだろ、兄弟?」
「・・・買って来い、と」
「あいよ」
「お、ありがてえ。恩に着るぜ、兄弟」
猫缶を開けてやると、猫は猛烈な勢いでかぶりついた。
その様子を眺めながら、僕はベンチに腰を掛け、上着のポケットからタバコと携帯灰皿を取り出す。
「タバコ吸っていい?」
「おう、遠慮はいらねえぜ」
僕は、胸いっぱいに煙を吸い込むと、細く長く吐き出してから、
「うまい?」
「ああ、最高だ。『空腹は最高の調味料』って言うだろ?」
「そんなに腹へってたの?」
「一週間ぶりのご馳走だな。ここんとこ、ゴミの出し方が厳しくなりやがってな」
世知辛い世の中だぜ、と呟く猫。
猫缶を平らげ、未練たっぷりに缶詰の内側をなめる姿に、僕は、コンビニの袋から、魚肉ソーセージを取り出すと、封を切って口元に持っていった。
「デザート」
「おおっ?気前がいいな、兄弟。この恩は一生忘れねえぜ」
僕は、一本目のタバコを消し、二本目に火をつける。
「聞いていい?」
「いいぜ。答えられるとは限らねえがな」
僕は、再び細く長く煙を吐き出した後、
「何で猫がしゃべれる訳?」
「いい質問だ、兄弟」
猫は、満足げに口の周りをなめつつ、
「だが、それに答えるには、約40000字ほど必要だが、聞くか?」
「・・・遠慮しとく」
僕は、前足をなめだした猫を眺めながら、
「何で僕な訳?」
「ん?」
こっちを向いた猫の鼻先に、タバコを近づけながら、
「もしかしたら、君の話しかけた奴は、動物虐待の常習犯で、君の生皮をはぐかも知れないよ?」
猫は、平然と前足で顔をこすりながら、
「もしくは、檻に閉じ込めて、マスコミに売り込むとか?おいおい、兄弟。俺はこれでも、生粋の野良だぜ?見る目に自信がなかったら、こんなことするかってーの」
「だから、何で僕な訳?」
前足の肉球をなめつつ、猫は、さも当然といった口調で答える。
「分かりきったことさ。兄弟が落ち込んでいるからだ」
「・・・はい?」
「傷ついて、落ち込んでいるからだ。図星だろ、兄弟?」
僕は、長々と煙を吐き出してから、「まあね」と答えた。
「何で分かったの?」
「そこは、俺の見る目が超一流だってことだ」
「・・・ふーん」
「ついでに言えば、彼女持ちだな」
「そこまで分かるんだ」
「伊達に野良やってねえよ」
自分の胸元をなめる猫を眺めながら、
「だけどさあ、何で、落ち込んでる奴は猫缶をおごってくれると思うんだ?何かの法則?」
僕が、二本目のタバコを消して、三本目に火をつけていると、
「痛みは、優しさに変えることが出来る」
「・・・何?」
猫は、体を捻じ曲げて、自分の背中をなめながら、
「俺の人生訓だ。覚えといて損はねえぜ、兄弟」
・・・・・・。
「分かった。メモしとく」
「それがいいな」
それから、とりとめのないことをしばらくしゃべった後、
「おっと、随分長居しちまったぜ」
ぐーっと体を伸ばす猫に、僕は、「行くのか?」と聞いた。
「ああ。元気でな、兄弟」
「また会えるか?」
「約束は出来ないが、期待はしているぜ。その時は奮発してくれよな」
ウィンクして歩き去ろうとする猫に、僕は思わず声をかける。
「なんなら、家にくるか?」
「兄弟がタバコをやめたらな」
そう言って、猫は悠然と歩き去っていった。
次の日、公園に猫の姿はなく。僕は、彼女にメールを送った。
「禁煙することにしたから。よろしく」
「一体どういう風の吹き回し?いきなり禁煙するなんて」
いぶかしがる彼女に、僕はあいまいに頷いて、
「・・・特に理由はないけどさ」
「だって、続いてるんでしょ?禁煙」
「うん」
意外と簡単なんだな、と言う僕に、彼女は首をかしげる。
「まあ・・・大した理由もなく吸い始めたから、やめるのにも大した理由は必要なかったんだよ、きっと」
「そうなの?・・・あ、もしかして、例の悩み事のせい?随分落ち込んでたから、体調崩して、タバコが吸いたくなくなった、とか」
「ああ・・・あれは、もういいんだけど・・・うーん」
僕は、ちょっと考えてから、
「痛みは、優しさに変えることが出来る」
「何?」
いぶかしげな顔をする彼女に、にっと笑って、
「僕の人生訓だよ。覚えといて損はないんじゃないか?」
彼女は、まだ首を傾げつつ、僕を家の中に通す。
「座って待ってて。今お茶入れるから」
「どーぞお構いなく」
ソファーに座ろうとした僕に、横から声がかかる。
「よう、兄弟。タバコやめたんだってな」
クッションの上に座った猫が、僕にウィンクをした。
終わり