*旅路の唄*
街道に並ぶ並木の葉が、夏風でザワザワ揺れている。
暑さのせいか、日陰にあるベンチだけが満員になっていた。
空いている日陰のベンチを探すが、どれ一つ空いている席は無い。
日差しはどんどん強くなる。このままだと熱中症になりかねないと思い、近くの並木の木陰に仕方無く座った。
夏真っ盛りの昼の太陽がアスファルトの道を照りつけている。
「こんな時期に街道なんか来なければ良かったな……」
旅路と言うのは時に運を必要とする。
足の向くまま気の向くままで旅をしている者としては、自分の命をも左右する事もあるのだ。
それがまさに今の自分なのだが。
「日傘なんて使わないと思って持ってこなかったし……つくづく運がないなあ、僕は」
【備えあれば憂いなし】
とは、良く言ったものだ。それをモットーにしている旅人も多く居ると聞く。
まあ、何でもかんでも持っていくというのもどうだかと思うが……。
そんなことを思いながら、ふと地面についた手の方を見る。
「あっ」
手が何かを押しつぶしていた。あわててその手を退かす。
「ありがとう」
掛けられた声の先を見ると、茶色い地面に目立つ小さな黄色い花が咲いていた。
照りつける日差しの為か、僕の手がつぶしていた為か、花は弱くしぼんでいる様に見える。
「ごめんよ……大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫。私がここに咲いていたから…偶然あなたがつぶしちゃっただけ」
透き通った優しい声が、僕の心を通して聞こえてくる。
暑さの中、それが僕を癒してくれた。
「あなたは、旅人さん?」
「うん、そうなんだ。よく分かったね」
「旅人さんしか……私の声を聞いてくれないもの」
「そっか……キミは、ずっとここで咲いてたんだね」
毎日賑わいが絶えない街道に咲いた花は、今まで沢山の出会いがあった様だった。
そんな中、ふと雑草の中に弱々しく咲いていた花の
“こんな場所に咲いたけれども、後悔はしてないよ。ここに生まれてきて良かった”
と言った言葉を思い出す。
ならばこの花はどうなのだろうか。
踏んづけられたり、枯れそうになったことも何度かあっただろう。
僕は、前に出会った花と同じことを聞いた。
「キミは、ここに咲いたことに後悔してないの?」
「私は、ここに居たことを変えることは出来ないでしょう?」
「どういうこと?」
「ここに芽吹いて、咲いて、枯れていく事。
太陽に照らされて、雨で濡れて、風に揺らされる事。
そして、沢山の人やあなたと出会えた事。
どんなに小さな事でも、それは私が存在した理由になるの。
存在していれば……生きた理由が在れば後悔なんてしないわ」
「生きた理由を後悔しない……そうだね。一つキミに教わったよ」
少しだけ西に傾いた太陽は、相変わらず街道を照りつけていた。
雨が降る様子も感じられない。このままでは、花が……。
そう思った僕は、バッグから水の入った容器を取り出す。
「水、掛けてあげるよ。答えてくれたお礼……といっても、もう殆ど無いのだけれどね」
そう言って、日陰のベンチを探しながらどんどん減っていった水の残りを花に掛ける。
雫に濡れた花は、元気を取り戻した様に見えた。
「ありがとう」
それから、どのくらい歩いただろうか。
やっとの事で抜け出した街道の先には、これまた長い山道が続いていた。
「やっぱり運がないなあ……でも、この先にはどんな出会いがあるのか期待するのも悪くないか」
出会いとは偶然なのか、運命なのか、どちらにしても生きる理由として大切な事。
そして、存在が在れば後悔を乗り越えることも出来ると知った。
一歩一歩歩く度、自分が追い求めているものが分かる。
この一歩で自分の人生が決まる。
これだから旅はやめられない。
→あとがき