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其処

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「ハハァ、Yサンから差し入れだってよ」


 そう言って彼がドサリと降ろした大きな、人一人入れそうな大きな袋には、もぞもぞと動くものがぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。


「最近なんか国内外でいろいろうっせえからなァ、ヒマだったしよ。ケケッ、さぁすが飼い主だよな、退屈を持て余した狗がナニを考えるかよォくわかってる」


 くくくっ、と喉の奥で笑うこの男、朱に近い赤毛と笑みの形に歪んだ口がなんとも不吉な印象を抱かせる。黒い革の目隠しで鼻から上が真っ黒だというのに、その動きに目の見えない者の躊躇はカケラもない。今は素肌の上に赤のコートを羽織っていて、色彩の暴力を存分に振るっている。


 その男が言葉を向けた先に、恐ろしいほどの静寂を纏って立つ男がいる。


 いや、これは静寂などという生易しいものではない。


 独特なデザインの、マントかコートか判別つけがたい真っ黒なそれが膝下までその上背のある身体を覆い、ざんばらに切り散らされた漆黒の髪の中に一筋鮮やかな群青が混じる。何の表情も見せない蒼の瞳の下は、ちょうど赤毛の男と対照になるように黒革で覆われていた。背中に背負った大きな長剣は柄から鍔から鞘から全てが黒い。


 そしてその男は―――その視線から、その動作から、その身体から、その姿から、その存在から色濃い死の気配を放っていた。


 ―――まるで死神のように。











「まぁ、いくつ持って来てくれたんだか知らねぇが……っと」


 袋の口を開けた途端、バさりと袋から落ちた二つの大きな塊はそれぞれの二本の足を使って逃げ始めた。

「あーん?逃げんじゃねーよ差し入れの分際で」

 そう言って赤毛の男は素早く差し出した足で一人を転ばせ、その上に飛び乗った。逃げるもう一人に向かい指に絡ませたアーミーナイフを投げようとして、ふとその動作が止まった。

 赤毛の男とほぼ同時に動いた黒い男の投げたいささか巨大な剣が逃げた男の背中に深々と突き刺さり地面に縫い付けている。
 黒く光を反射する刀身に赤い血が伝い下りてゆく。




「ヒョオ、流石だぜ【処刑人】。すげえ力」




 ゴリリ、とオモチャの頭を踏み躙りながら赤毛が立ち上がると、黒い男はそれにもちらりと目をくれた。


「おォっと、こっちゃあオレのだぜ?アンタの分はアッチ」


 そう言って赤毛が顎で示した先には牢獄。敗者の送られてくるそこは牢獄であり死刑場であり―――――墓場だ。






ピューイ






 赤毛の男が口笛を吹くと、大きな犬が二匹牢獄から飛び出してくる。これらは掃除係だ。ここに送られたものは、犬の糞になってようやくここから出られるのだ。

 犬たちは赤毛の男にじゃれついてぐいぐいと腹を押したり乗りかかったり顔を舐めまわしたりと思い思いの行動をとる。

「オイ、オレは犬とキスする趣味ねェよ」

 手荒に引き離して頭を撫でてやると大人しくなる犬……いや、狼との混血だろうか?瞳孔が針のように鋭かった。

「まァた十人くらい送られてきたらしいぜ?」

 犬の顎を撫でてやりながら鉄製の格子の向こうを見ると、広い空間に黒衣が広がった所で。


「ヒヒッ、待ちきれなくていっちまったか。素早いこって」


ぎゃあっ!
何だ、何なんだコイツうがあっ!
こ、ここは……ぐああああっ


「さァて愉しそうな旦那は置いといて、と。こっちもお楽しみといこうじゃねェか、なァ?」


 赤毛に縁取られた黒革の目隠しの下、歪んだ三日月が嗤う。


 赤毛の足に踏まれた「オモチャ」は恐怖を顔に浮かべて暴れるが、犬が恐ろしげな唸りを上げ飛び掛る姿勢になったところで固まる。


 もはや、自分に生き残る道などないのだと悟り、その目が絶望に死んでいく。


「ククッ、いいねぇその目。だがまァ……絶望するにはまだちっと早えな」

















ぎぃやああああああああああああああああああああああああああああ





 凄まじい悲鳴が聞こえ、だだっ広い“牢"に生き残っていた4人はぎくりと身を強張らせた。黒い男は一瞬だけ視線を牢の外に向けただけで、変わりなく全員を殺そうと生き残りの男たちに迫る。


 既に6人がその長大な黒刃の餌食になっていた。不意に現れた、その黒ずくめの中に僅かに絶望の群青が宿る男を、もはや誰もが処刑人―――死神と信じて疑わなかった。


 蒼い瞳はまるで人を殺しているようには思えぬほど冷たく落ち着いていて、生き残りの者達の背筋を凍らせた。

 その男は嬲るそぶりも見せずただただ殺して息の根を止めようと迫ってくる。
 死ぬ以外にその男から逃れる術はなくその男から逃れるには死ぬしかない。

 牢の外からは狂ったように笑う声と絶叫が響き、牢の中は死神に追われ逃げ惑う男たちの断末魔で満たされてゆく。







 ここは地獄か。

 死体を狗が貪り喰らっている。

 そこらに散らばる赤茶色の染みのついた白いものは、骨だ。






 げぇえ、と誰かが胃の中身を戻し、その姿勢のまま頭が割れて、男は自分の吐き出したものの中に顔を突っ込んで死んだ。

 死神は男の頭にめり込ませた剣を無造作に抜くと、遠くで縮こまっている最後の一人にその人外のような視線を向けた。

 男は竦みあがり、震える事しか出来ない。



 一歩、

 一歩、

 近付いてくる。

 カツン ……

 カツン……

 死の足音が近付いてくる。

 「う、うあぎゃあああああああああああああああああ!!いやdああアアアちっちかっああああああああああああああああいやだ近寄るなあアAAAAA!!!」











 黒ずくめの男は地獄の只中でゆっくりと瞬きをした。 
 牢の外からは相変わらず哄笑と悲鳴が聞こえてくる。

 “同盟者”Yの差し入れは彼らに充分な楽しみ――暇つぶし――を与えたようだった。
作品名:其処 作家名:ハーレイ