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FLASH

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33、スキャンダル




 数日後、早朝――。
 沙織の部屋のインターホンが激しく鳴った。同時に携帯電話も鳴る。まだ寝ていた沙織は、眠気眼で電話に出る。
「……はい?」
『沙織ちゃん? 今、玄関にいるの。開けて!』
 すごい勢いでそう言ったのは、理恵である。
「理恵さん……?」
 わけもわからず、沙織は急いで玄関のドアを開けた。すると、すぐに理恵が入ってくる。
「ど、どうしたんですか?」
 不安げにそう尋ねる沙織を、理恵は息を整えて見つめる。
「沙織ちゃん、よく聞いて……あなたこの間、BBのユウさんと食事に行ったって言ってたわよね?」
 理恵が尋ねた。特に報告義務はないが、ユウからコンサートに誘われたことや、その後に食事に行ったことを、沙織は理恵に告げていた。
「え? はい……」
「食事に行って、本当にそれだけ?」
「はい……何かあったんですか?」
 沙織は怪訝な顔をする。理恵は溜息をついた。
「よく聞いてね。今日、スクープフラッシュマガジンっていう雑誌が発売されるわ。ゴシップネタの雑誌だけど、それに、あなたとユウさんが出る」
「えっ!」
 目を丸くさせ、沙織は驚いた。理恵は言葉を続ける。
「どういう記事かは、よくはわからないけど……多分、あなたとユウさんの熱愛が報じられると思うわ」
「熱愛って、そんな! 私、食事に行っただけで……」
「真実がどうかじゃないの。読者はゴシップを望んでるから……うちの事務所はつき合いを規制することはないけど、あなたはまだ新人だし、心配なの。こっちも手は打つけど、相手は人気歌手グループのリーダーだからね……スキャンダルとして、しばらくは出回ると思うわ」
 沙織は言葉を失った。顔面蒼白で、どうしたらいいのかわからない。
「こっちも出来るだけのことはするけど、少し覚悟しておいてね。ましてやあなたは、まだ学生なんだし……」
「……ごめんなさい」
「いいのよ……今日は幸いお休みだし、ゆっくりしてちょうだい。あとで何か買ってくるから。念のため、今日は家から出ないこと」
「はい……」
「じゃあ、起こしてごめんね。また来るから」
 少し疲れた表情で、理恵は去っていった。
 沙織はその後、あまりの反響の大きさに、辛い思いをすることになる。雑誌には、“BBリーダー・ユウ、熱愛発覚”の文字が躍り、相手として沙織の実名まで出ていた。

 その日から、沙織の携帯電話が引っ切りなしに鳴った。同級生や知人からの電話やメールは、真相を確かめるものが多く、中には中傷的なものもある。
 人気歌手の恋話ということで、芸能ニュースにも取り上げられ、沙織は一躍、違う意味での有名人となってしまう。スキャンダルを嫌う仕事からは、断りの電話を入れられた。
 沙織はどうしていいのかわからなくなった。

 数日後。リビングに放置された携帯電話が、また震えた。沙織は一瞬躊躇したが、尚も鳴り続ける携帯電話を手に取る。画面には、ユウの名前があった。
「はい」
 相手がユウとわかり、沙織はすぐに電話に出た。
『あの……沙織ちゃん?』
 間違いなく、ユウの声が聞こえる。
「はい」
『ユウです。今、大丈夫?』
「はい……」
『ごめんね、こんなことになって。もっと早くに電話したかったんだけど、それどころじゃなくて……本当にごめん……』
 ユウの言葉が心に沁みる。沙織は静かに口を開いた。
「そんな。ユウさんだけのせいじゃないです」
『でも、元気ないね。本当にごめん……』
「大丈夫です。本当に……」
 そう言うものの、沙織は正直参っていた。鷹緒がいないため、心から支えてくれる人が近くにはいない気がする。
 沈黙の後、ユウが口を開いた。
『沙織ちゃん。こんな時にあれだけど……僕とつき合わない?』
 突然のユウの言葉に、沙織は驚いた。
「えっ?」
『この報道はしばらく冷めないと思うんだ。だったら、ちゃんとつき合って公表すれば、今よりは君を守れる。堂々と、君と一緒にいられる』
「ユウさん……」
 そんなユウの言葉に、沙織は驚きを隠せなかった。まるで夢でも見ているのかと思う。
『僕は本気だよ。気付いてなかったみたいだけど、僕は君と出会った時から、君に惹かれてたと思う。最近君に会って、やっぱり好きなんだって気付いた……』
 ユウの声は本気であった。沙織は嬉しさを噛み締めながらも、突然の告白に、今は何も考えられない。
『突然だし、こんな時期だけど、僕は本気だよ。事務所には何も言わせない……君が好きだよ。君さえよければ、僕たちつき合おう』
 ユウはそうつけ加えた。
 沙織の気持ちは複雑だった。ユウのことが嫌いなどではない。むしろ好きである。けれど、鷹緒への恋心が冷めたわけではないのだ。
「あの……ごめんなさい。私、びっくりしてるんです。こんな大きな反響にも、ユウさんがそういうふうに私のことを想ってくれてたことも……だからびっくりして、今は何にも考えられないっていうか……」
 正直に沙織はそう言った。いくらユウのファンといえど、二つ返事でつき合うことなど出来ない。
『うん。ごめん、こっちこそ……なんか突っ走っちゃって』
「いえ……」
『じゃあ、また連絡するよ。しばらく迷惑かけちゃうと思うけど……何かあったら言ってね』
 優しいユウの言葉が包む。沙織は嬉しいような恥ずかしいような、そんな感覚を覚えた。
「はい、ありがとうございます……」
『じゃあ、また……』
 そこで電話が切れた。
 ユウからの告白はとても嬉しかった。しかし、今の沙織は何も考えられないほど、心身ともに疲れきっている。
「はあ……どうしたらいいんだろう」
 沙織はそのままベッドに寝そべると、携帯電話を見つめた。壁紙にしている写真は、鷹緒の送別会の時に撮った集合写真だった。人数が多いため、主役の鷹緒さえも小さく映っている。鷹緒の写真は、これしか持っていない。
 その時、持っていた携帯電話が震えた。
「メールだ……」
 沙織はメールを開くと、すぐに起き上がって、食い入るようにメールを見つめる。
“先日はどうも。元気そうで安心しました。沙織の頑張りは聞いています。これからも頑張ってください”
 送信者は、鷹緒であった。
「た、鷹緒さん!」
 沙織はすぐに、返信を出した。
“メールありがとう! そっちに行って一年も経つのに、メールくれたの初めてだね。実は今、すごく落ち込んでます……どうしたらいいのかわからないよ”
 弱気な言葉を並べて、沙織は送信する。
 しばらく経って、鷹緒にしては律儀にも、返信が届いた。
“ヒロたちもいるんだし、何かあったら遠慮せずにやつらに相談しろよ”
 鷹緒のメールに、沙織は携帯電話を握り締めた。
「なによ。一番一緒に居たい時に、手も届かないところにいるなんて……」
 沙織は泣きたくなった。好きな人には想いが伝わらず、同じ国にもいない。少なくとも一年前よりは、鷹緒への熱は冷めた気がする。なにより、近くにすがる相手がいなくても平気なほど、沙織はまだ大人ではなかった。
「ユウさん。私……」
 その夜、沙織はユウから告白されたことを思い出し、ずっとユウのことを考えていた。

 次の日。沙織は、広樹と理恵に相談をした。ユウから告白されたことを正直に言う。
作品名:FLASH 作家名:あいる.華音