FLASH
26、真夜中の告白
「……まだ酔ってんのか?」
「違う。私、今でも鷹緒さんのことが好きだよ……」
真っ直ぐな目で茜が言った。鷹緒も眼鏡を通して、茜を無言のまま見つめる。
「……」
「もう私、二十五だよ。前に鷹緒さん、“今の俺と同じ年になったらつき合うの考える”って言ってたよね? あの頃の鷹緒さんの年、もうとっくに越したよ」
「……確かに、おまえは大人になったよ」
「……鷹緒さん……」
茜は、鷹緒の眼鏡を取った。
「なにすんだよ」
「いいじゃない。どうせ伊達でしょ? 前みたいに、私を見てよ」
そう言って、茜は鷹緒にキスをしようとする。
その時、リビングのドアがノックされ、鷹緒は茜から離れた。途端に、茜は持っていた鷹緒の眼鏡を落とし、鷹緒が踏んでしまった。
「イテッ……」
割れた眼鏡が、床にある。だが鷹緒はそれ以上、何も言おうとしない。そんな鷹緒を尻目に、茜がリビングのドアを開けた。
「ハーイ」
茜がドアを開けたので、向こう側にいた沙織は驚いた。
「茜さん……」
「そんなびっくりした顔しないで。まあ、確かにいいところではあったんだけど、やましいことは何もないから。さあさあ、入って」
ドアを大きく開けて、茜が言う。
「勝手に決めんな……沙織、何か用か?」
ソファに座りながら、鷹緒が尋ねる。
「あ……うん。シンコンのことで、もうすぐ三次審査だから、いろいろ聞こうと思って……」
長めの前髪に隠れながらも、鷹緒の顔に眼鏡がないので、沙織は興味深そうに鷹緒を見つめている。
「三次はカメラテストだけだし、大して頑張りようがないよ……まあ、俺に任せとけって」
軽く頭を掻きながら、鷹緒が答えた。
「うん……」
「じゃあ、沙織ちゃん。私と語り合おうよ。シンコンについて、いろいろ教えてあげる! 私、ホテル取ってなくてさ。今日だけ鷹緒さんのところにお世話になろうかって考えてたの。前も遅くなって、ここでみんなで雑魚寝なんてよくあったし。そんな顔しないで、気にしないでちょうだいよ」
弾まない会話を遮って、茜が言った。
「それより、沙織ちゃんが隣なんて助かる。ねえ、よかったらそっちに泊めてくれない? やっぱ男女が同じ屋根の下ってのはまずいと思うんだよね。ほら私ってば、前より色っぽくなってるからさ。鷹緒さんもドキドキしちゃうでしょ? 沙織ちゃんさえよければ、シンコン終わるまで……」
「茜。なに勝手に決めてんだよ」
どこまでも続きそうな茜のマシンガントークに、鷹緒が言う。
「もちろん、沙織ちゃんが嫌って言えばしょうがないもん。どうする? 私をそっちで寝かせるか、鷹緒さんと添い寝させるか」
少し挑発するように、茜が言った。
「誰が添い寝だ……床で寝ろ」
うんざりしながらもそう言う鷹緒だが、茜と仲が良いということは一目瞭然である。沙織は静かに口を開いた。
「……私は構わないですけど……」
「やった! じゃ、鷹緒さん。また明日」
茜はそう言うと、沙織を連れて鷹緒の部屋を出ていった。
「ったく。本当に、いつまでたっても豆台風だな……」
鷹緒は、溜息混じりにそう言った。
「ねえ。沙織ちゃんも、鷹緒さんのことが好きなんだね!」
隣のリビングで、ソファに座りながら茜が言った。沙織は小さく頷く。
「茜さんも……ですよね?」
「そう。私はもうずっと、鷹緒さん一筋よ。じゃあ、私たちライバルか……でも、私はオトナだし、待つのには慣れてるの。沙織ちゃんは沙織ちゃんで頑張ってね。私は私のやり方で口説く!」
すごい勢いで茜が言うので、それがおかしく思えて、沙織が笑った。
「あ、笑った。可愛い」
「もう、茜さんったら」
「私ね、うるさいかもしれないけど、気持ちは沙織ちゃんと一緒だから。だから、一緒に頑張ろうね……」
思いまぶたに、茜はそのままソファに横になると、すぐに眠りについていた。
沙織は、一瞬で寝入ってしまった茜に苦笑すると、毛布をかけてやり、寝室へと向かっていく。同じ恋のライバルだが、憎めない人だと思った。
鷹緒は割れた眼鏡を拾うと、ソファに座ってそれを見つめた。片方のレンズが完全に割れている。前に豪とやり合った時にもフレームがひしゃげてしまっていたので、今回ばかりは再起不能なようだ。大して目が悪いわけでもないが、思えば十年以上かけているその眼鏡は、生活の一部になっている。
「はあ……」
溜息をついて、鷹緒は棚に眼鏡をしまった。
「ったく、豆台風が……」
そう呟いた時、リビングのドアがノックされた。鷹緒は返事をする。
「……はい」
「わ・た・し……」
茜の声が聞こえる。
「……そちらのドアは、現在封鎖されております」
冷めた目で、鷹緒はリビングのドアを見つめながら言った。すると勢いよくドアが開き、茜が入ってきた。
「なによう!」
「勝手に入るなよ」
「まあまあ」
「……沙織は?」
鷹緒が尋ねる。
「もう寝ちゃったみたい。私もいつの間にか寝てて……鷹緒さんは、相変わらず夜型人間ですねえ」
「誰かさんのせいで、目が冴えちゃっただけだよ」
「ふうん? 私が来たことが、そんなに嬉しいんだ」
「なに馬鹿言って……」
そう言う鷹緒に、茜が熱い視線を送る。
「……なんだよ?」
「久しぶりだね。眼鏡のない鷹緒さんを見るのも……」
「……俺だって、外すのは久しぶりだよ」
小さく溜息をつきながら、鷹緒が言った。
「いいじゃない。どうせ伊達でしょう? 女よけか。鷹緒さんは、眼鏡がない方がカッコイイの」
「アホか。だからって、大事な眼鏡壊されてたまるかっつーの」
鷹緒は軽く、茜の頭を叩いた。
「イタッ。まあ、私のせいで壊しちゃったのはごめんなさい……」
「……もういいよ。どうせ伊達だろ?」
軽く笑うと、鷹緒は台所へと歩いていった。そして冷蔵庫を覗いて尋ねる。
「コーヒー? ビール?」
「もちろん、ビール」
茜の言葉に、鷹緒がビールを手渡す。そんな鷹緒に、茜が不気味に笑った。
「うふふふ」
「なんだよ。気持ち悪い……」
「やっぱり優しいんだ。私、そういうところが大好き」
あっけらかんとそう言う茜に、鷹緒が苦笑する。
「相変わらずだな、おまえは」
「……鷹緒さん。私、まだ鷹緒さんのこと好きよ。鷹緒さんはどう? 気持ちは変わらない? 私のこと、女として見れない?」
ズバズバとそう言う茜は、鷹緒を見つめたまま目を反らさない。
「……そうだな。あの頃から……もしまた誰かと結婚するんだとしたら、おまえだろうと思ってたよ……」
鷹緒が静かにそう言った。茜も初めて聞く言葉に驚き、耳を傾ける。
「……本当に?」
「ああ。だけど……」
「だけど?」
「悪いけど……俺、おまえがいくら頑張ってくれても、もう結婚とか恋愛とか、そういうの考えられないと思う」
いつになく真剣な顔で、鷹緒が言った。鷹緒もまた、茜から目を反らすことはなかった。
冗談交じりではなく、面と向かってフラれたのは初めてだった。絶望的な気持ちが茜を襲う。
「なんで……なんでよ! 私の愛が足りないならもっと頑張るよ。うざいんだったら、ニューヨーク帰る。それでも駄目なの? どうして!」
鷹緒の胸元を掴んで、茜が言った。
「どうしてって……しょうがないだろ」