FLASH
25、新たな訪問者
「話は終わったの?」
牧が茜に尋ねる。二人は以前、同時期に同じ事務所で働いていたために、仲が良い。
「うん。牧ちゃん、本当に久しぶりだね」
大胆に笑って茜が言う。茜のおかげで、いつも忙しく騒然としている事務所は、違う意味で明るく騒がしくなる。
「もう。いつも突然なんだから……」
「あはは。ごめん、ごめん。たまに日本に帰りたくなるのよね……」
お茶を受け取りながら、茜が言った。その時、茜と理恵の目が合った。
「理恵さん。お久しぶりです」
座り直して、茜が言う。
「ええ。本当に……」
「豪さんと寄り戻ったそうですね。今、鷹緒さんに聞きました」
図々しい口調でそう言った茜に、理恵は苦笑した。
「あはは……うん、まあね……」
「ラッキー! 本格的に、強力キャラがいなくなったのね!」
「もう、茜ちゃんったら、相変わらずね。まだ鷹緒さんのこと好きなの?」
「当然! 出会った頃から好きだったんだもん。あら、こちらは?」
牧の言葉を受けた茜が、沙織を見て尋ねる。
「小澤沙織ちゃん。今度のシンコン候補者よ。ついでに、鷹緒さんの親戚」
鷹緒の親戚と聞いて、茜の目が輝いた。
「マジ? 鷹緒さんの親戚かあ。あの人にもそういう人がいたのね……はじめまして。私、三崎茜といいます。よろしくね」
可愛い笑顔で、茜が言った。
「……小澤沙織です。よろしくお願いします」
茜の勢いに呆気を取られながらも、沙織も挨拶をする。そんな沙織の手を取って、茜が握手をした。
「さすが鷹緒さんの親戚。可愛い!」
「あ、ありがとうございます……」
「実は私もね、シンコン出たことあるんだよ」
「え、本当ですか?」
茜の言葉に、沙織が驚いて言った。そばにいた牧が頷く。
「そうだったわね。茜ちゃん、グランプリ取ったんだっけ?」
「過去の栄光だけどね……今みたいに、全然グレード高くないし」
「いつ頃の話ですか?」
沙織が尋ねる。茜は少し照れながら、口を開いた。
「十七の頃だから、八年前か。うわ。年取ったな……」
「へえ。十七歳……」
二人はしばらくシンコンについて話した。沙織は茜から聞く審査の内容などで、少しずつ緊張したり、気持ちが和らいだりするのだった。
「そろそろ事務所閉めなきゃね……ヒロさん、まだかしら」
しばらくして、理恵が言った。牧は時計を見て頷く。
「そうですね。今日は得意先周りやるって張り切ってましたけど、もうそろそろじゃないかしら」
「あの人、意外と外回り好きなのよね」
一同は、理恵の言葉に笑った。その時、広樹が戻ってきた。
「あ、ヒロさんすごい。以心伝心!」
茜が叫んだ。茜に気付いて、広樹が駆け寄る。
「おお、茜ちゃん。ずいぶん早かったじゃない。夜になると思ってたよ」
「なんだ。ヒロさん、茜ちゃんが来ること知ってたんですか?」
「うん、電話もらってたからね。バタバタしちゃって言いそびれてたよ。鷹緒とは会ったの?」
牧の言葉を受け、広樹が茜に尋ねる。茜は頷いた。
「さっき、ちょこっとだけ」
「あははは。その様子じゃ、また冷たくされたね?」
「いいんです。優しいくせにクールなところがカッコイイんだから」
茜の言葉に、広樹が苦笑する。
「あいつもモテるなあ……さて、着いて早々だけど、事務所閉めようか。僕はまだ仕事が残ってるから、みんな先に帰っていいよ」
「じゃあヒロさん、私も残っていいですか?」
茜が尋ねる。
「鷹緒を待つつもり? 頑張るねえ」
「待ってるって、約束したんです」
「あはは。もちろんいいよ。僕もいろいろ話したいし」
「はい」
広樹の言葉に、茜はソファに座り直した。
「ヒロさん。沙織ちゃん、ずっと待ってたんですよ。はい、これ」
理恵が、二次審査の合格通知を広樹に渡して言う。
「ごめん、ごめん。合格通知だね! まあ、ここまでは想定内だ。三次審査は……来週か。ラストスパートかけなきゃね」
「はい」
沙織も笑顔で返事した。
「じゃあ、我々は帰りましょうか」
理恵が、沙織と牧に言う。
「はい。じゃあ、お先に失礼します」
理恵と牧は、事務所を後にした。沙織は、鷹緒を待つという茜のことが気になりながらも、理恵たちについて事務所を出ていった。
「茜ちゃんのパワーは相変わらずね……さすが豆台風」
外に出るなり理恵が言った。沙織は首を傾げる。
「豆台風?」
「ああ、鷹緒がよく言ってたのよ、茜ちゃんは豆台風みたいだって。一種のあだ名ね」
「へえ」
「でも彼女がいると、事務所の空気が一気に明るくなるんですよね……じゃあ、私はここで。また明日」
牧はそう言うと、別方向へと走っていった。沙織と理恵は、駅へと歩いていく。
歩きながら、沙織は苦笑して口を開いた。
「茜さん、鷹緒さんのことが好きなんですね。すごい勢いで、びっくりしちゃった……」
「うん。あの子の情熱はすごいわよ。まあ、若いってそういうことなのかな……私も彼と初めて会った頃は、あんな風にはしゃいでたもん。でも、茜ちゃんは一途よね。私と結婚してた頃から、あんな調子だったから」
「へえ……」
「でも、あんまり気にすることないわよ。彼とあの子は漫才コンビって言われてたんだから」
「あはは。なんか、わかる気がする……」
笑ってそう言いながらも、沙織は茜のことが気になっていた。
事務所では、机に向かう広樹に、茜がお茶を差し出した。
「ありがとう」
「いいえ」
二人が笑顔で会話をする。
「相変わらず、お仕事大変そうですね」
「うーん、まあね。でも、事務所も拡大しちゃったし、頑張らないと」
「……ヒロさん。どうして理恵さんを副社長にしたんですか?」
茜が尋ねる。
「どうしてって……」
「鷹緒さんの気持ち、考えなかったんですか? 一緒にいて、平気なはずないのに……」
突然、必死の顔になった茜に、広樹は静かに微笑む。
「うん……それは僕も考えたよ。だけどお互いによく話し合ったし、それは大丈夫だと信じたい……それに、理恵ちゃんは他の事務所で経験も積んできてるし、事務所拡大には必要な人材だと思ってるよ」
「……」
「まあ、君もしばらくは鷹緒と一緒に居られるじゃない。また事務所が明るくなって嬉しいよ」
「ヒロさん……」
「もう少しで仕事終わるよ。鷹緒も、そろそろ帰ってくるんじゃないかな」
「……邪魔してごめんなさい」
そう言うと、茜は応接スペースへと戻っていった。茜は、鷹緒が理恵と一緒にいることが辛かった。
「ただいま……」
鷹緒が事務所に戻ると、応接スペースで眠る茜の姿が見えた。苦笑しながら、鷹緒は奥へと進む。
「ったく、これだよ」
「おかえり」
そう言った広樹に頷き、鷹緒は自分のデスクに置かれた伝言などに目を通す。
「ああ。まだ仕事?」
「もう終わったよ。シンコンの資料を読んでたところ。そっちは?」
「見ての通り。俊二も先に帰したし。さあ、飯食いに行こうぜ。腹減って死にそう」
鷹緒はそう言うと、帰り支度を始める。
「ああ。でも茜ちゃん、寝てるみたいだな」
「疲れてんだろ。アメリカ帰りだからな」
「じゃあ、起こしたら可哀想だよ」
「それじゃあ朝まで起きねえぞ、あいつ」
「あはは、言えてる」