FLASH
24、二次審査
鷹緒は部屋に戻ると、煽るように酒を飲んだ。なんだか空しい思いがする。
その時、リビングのドアがノックされた。
「……どうぞ」
鷹緒がそう返事をすると、ひょっこりと沙織が顔を覗かせる。
「……入ってもいい?」
「うん……」
頷く鷹緒の前に、すかさず沙織が座る。目の前の沙織を見つめて、鷹緒が口を開いた。
「なに?」
「ちょっと眠れなくて。話してもいい?」
「ああ、いいよ……」
沙織の言葉に、溜息交じりで鷹緒が返事をする。
「なんだか嫌そう……」
「そんなことねえよ……冷蔵庫に何かあると思うから、飲み物持ってこいよ」
「うん」
沙織は立ち上がって、冷蔵庫を覗く。缶コーヒーやビールがゴロゴロしている中、パックのお茶などもある。缶コーヒーを取って、沙織はリビングへと戻っていった。
「ここの家、缶コーヒーはやたらあるね」
「ハハ。夜起きてることが多いからな。たまにまとめ買いするんだ。事務所の差し入れを貰うこともあるし」
「へえ」
「どう? シンコン二次審査、もうすぐじゃん」
「覚悟は出来たから、前進あるのみ!」
「おお。頼もしい」
二人は笑った。
「鷹緒さん。あのね、シンコンが終わったら、聞いて欲しいことがあるの……」
改まって、沙織が言った。
「……なに?」
「……その時になったら言う。だから、聞いてくれる?」
遠まわしに、愛の告白であった。
「ああ。いいよ……」
その言葉にホッとした様子の沙織は、急に笑顔になる。
「よかった。じゃあ私、シンコン頑張るからね。ちゃんと見ててね」
「ああ。見てるよ」
「うん。じゃあ、戻るね。おやすみ」
「おやすみ。早く寝ろよ」
「うん」
そのまま沙織は、自分の部屋へと戻っていった。
沙織は、間違いなく鷹緒に告白しようとしていた。だが今はオーディションも控えているため、そんな勇気までは出ない。ただ、昼間に理恵から事実を聞いて、沙織の思いは膨れ上がっていた。鷹緒の不器用なまでの優しさが、理恵を通して痛いほど伝わる。どうしても、自分の想いを伝えたいと思った。
一人になった鷹緒は眼鏡を外し、ソファにぐったりと横になった。ここ数日、内山のことで気持ちが張り詰めた状態になり、疲れているのも事実である。鷹緒はそのまま眠りについた。
それから数日後。沙織はシンデレラコンテストの二次審査へ向かった。
二次審査は、審査員による面接だ。緊迫した空気の中、たくさんの少女が順番を待っている。中にはテレビで見たことのあるタレントもいる。沙織は少し自信を失くして俯いた。
その時、持っていたカバンの中で、携帯電話のバイブが震えた。
「沙織ちゃん。電源は切ってって言ったじゃない」
隣に居た理恵が言った。理恵もまた、今日ばかりは少しピリピリしている。
「ごめんなさい」
慌てて沙織が携帯電話を見ると、着信は鷹緒からだった。
「もしもし!」
すごい勢いで、沙織が電話に出る。
『おう、元気そうだな。調子はどう?』
いつもと変わらぬ鷹緒の声が聞こえる。その声を聞いて、沙織の心は落ち着いた。
「うん、平気……今、順番待ってるところ」
『そうか。どう? 雰囲気は』
「うん。何か、場違いって感じ……」
『ハハハ。それはみんな思ってるだろうよ。自信持っていけよ』
「う、うん……」
『大丈夫か?』
鷹緒の優しさが、沙織の心を軽くする。声を聞けば聞くだけ、勇気が出る気がした。
「うん。大丈夫……心配してかけてくれたの?」
『そりゃあ、まあな……おまえだったら、いつも通りで大丈夫だと思うから。三次審査に俺もいることだし、気持ち楽にして頑張れよ』
その言葉は、沙織を芯から支えるように、強くさせる。
「ありがとう……」
『じゃあ俺、出先だから……』
「うん。ありがとう」
『ああ。じゃあな』
そこで電話は切れた。沙織は嬉しさに微笑む。そんな様子を見て、理恵が口を開いた。
「鷹緒さんから?」
「はい。頑張れって……」
「そう。じゃあ、頑張らなきゃね」
「はい」
沙織は何かを吹っ切ったように、面接の順番を待った。
二次審査を終えて、沙織は理恵とともに事務所へと戻っていった。追跡取材もあったため、沙織は緊張し通しだった。唯一救われたことは、鷹緒から激励の電話が入ったことだ。あれがなければ、二次審査どころではなかったかもしれない。
「おかえりなさい。お疲れさま!」
事務所に入るなり、広樹や牧が沙織に声をかける。
「ありがとうございます。でも、結果はどうなるか……」
苦笑して沙織が言う。二次審査の合否は、後日書類で発表されることになっている。今はまだ手ごたえさえ感じられない。
二次審査を終えてホッとしながらも、未だ緊張した様子の沙織に、広樹が明るく声をかけた。
「最善を尽くしてくれたんだ。何も言うことはないよ。これからみんなで食事に行こうと思ってるんだけど、よかったら沙織ちゃんも一緒に行こうよ」
「はい」
事務所の雰囲気に安心した様子で、沙織が答える。そこに鷹緒が帰ってきた。すかさず広樹が声をかける。
「早いな、鷹緒」
「打ち合わせだけだから。おう、おかえり。どうだった? 二次審査は」
鷹緒は沙織を見て尋ねる。
「やるだけのことはやったつもり……」
沙織の言葉に、鷹緒が微笑む。
「上出来じゃん。広樹、飯でも食いに行こうぜ」
「今、それ話してたところだよ」
一同は近くの料理屋へと足を運んだ。沙織の労いの意味も含め、その日の夕食会は楽しいものとなった。
終わってから、鷹緒は沙織を連れて、車で家へと戻っていった。
「部屋が隣ってのも、いいもんだな。送る手間が省ける」
鷹緒が言う。
「うん……」
「疲れたろ? 今日はゆっくり寝ろよ」
「うん……」
さすがに疲れきった様子の沙織に、鷹緒は優しく微笑む。沙織は部屋まで送ってもらうと、そのまま倒れるように眠ってしまった。
鷹緒は沙織を送り届けると、自室へと入っていく。沙織の頑張りに、鷹緒も感心していた。自分にもいつかあったであろう情熱を、少しばかり沙織が思い出させてくれたような気がした。
数日後。事務所に、シンデレラコンテスト二次審査合格の手紙が届いた。次は三次審査のカメラテストがある。そこには鷹緒もカメラマンの一人として、参加することになっていた。
「なんか嘘みたい。本当に三次審査まで行けるなんて……」
事務所で、合格通知を見ながら沙織が言った。隣りには理恵がいて、同じように胸を撫で下ろしている。
「まだまだ、これからよ」
「はい……三次審査は鷹緒さんがいるんですよね? 私、鷹緒さんと同じ事務所だし、ひいきだって失格にならないのかな……」
少し心配そうに、沙織が疑問をぶつける。理恵は軽く首を振った。
「それなら大丈夫よ。カメラマンは三人。一人はフリーカメラマンだけど、もう一人は大手プロダクション所属のカメラマンよ。二次審査に合格している子の中には、その大手プロ所属の子も何人かいるはずだもの。先方もわかっていることだし、何の問題もないわ。被写体がしっかりしていればね」
「それが問題なんですよ……みんな可愛い子ばっかりで、びっくりしました」
二次審査の様子を思い出し、沙織が俯いて言う。